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胸腺摘出術について

胸腺摘出術(きょうせんてきしゅつじゅつ)は次のような場合に行われます

  1. 胸腺に腫瘍がある場合(胸腺腫
  2. 重症筋無力症の治療として

重症筋無力症の患者さんの約25-30%には胸腺腫を合併しており、この場合は胸腺と胸腺の腫瘍を取れば重症筋無力症もよくなります。胸腺腫のない場合は重症筋無力症を治すための手術になります。全ての重症筋無力症の患者さんが胸腺摘出術の対象になるわけではなく原則として60才以下で、抗アセチルコリンリセプター抗体が陽性という条件を満たす方で症状が強くて日常生活に支障のある方が良い適応となります。

症状が軽い方や、眼だけに限られている方も抗体が高い場合は胸腺摘出術をした方がよい場合も多いです。

60才以上で胸腺が萎縮してしまっている方は手術しても症状の改善は望みにくいと考えられます。また60歳以上で胸腺腫のない重症筋無力症の方のかなりの方は(とくに抗Titin抗体陽性の方)その抗アセチルコリン受容体抗体が産生されるメカニズムが若い、胸腺腫のない(胸腺に異常があって胸腺摘出術の効果のある)重症筋無力症と少し異なると考えられるため胸腺摘出術はお勧めできません。

一方抗体が高くても症状のない方、非常に軽くて、少しの抗コリンエステラーゼ剤でほとんど症状がない方は
手術する必要はないと考えています。抗コリンエステラーゼ剤は一生飲んでいても後に残るような副作用は見られません。

また抗アセチルコリンリセプター抗体が陰性の方は、上記の抗MuSK抗体による症状かもしれません。この場合は胸腺の役割はない、と考えられ胸腺摘出術は適応ではありません。腫瘍があるから切除が必要な場合と異なり、重症筋無力症に対する胸腺摘出術の効果は間接的なものです。したがって胸腺腫のない患者さんでは胸腺摘出術の適応は絶対的なものではありません。

胸腺とは

胸腺は胸の真ん中の骨(胸骨)の真下で、心臓の上、上大静脈、大動脈の前にあるやわらかい脂肪のような臓器です。大人で50g程度のものです。

胸骨と胸腺の位置
胸骨と胸腺の位置
胸腺を横からみたところ
胸腺を横からみたところ
切除した重症筋無力症患者さんの胸腺
切除した重症筋無力症患者さんの胸腺
胸腺の電子顕微鏡写真
胸腺の電子顕微鏡写真

普段はT細胞というリンパ球の一種を作り出している免疫の中心臓器です。子供の時は活発に仕事をしていますが、大人になるとほとんど脂肪のようになっています。子供の胸腺にはたくさんリンパ球があります。大人の胸腺ではその数がへっています。重症筋無力症患者さんの胸腺には胸腺腫があったり、胚中心という普通は胸腺で見られない異常があります。このような異常は重症筋無力症と関係があると考えられています。最後の電顕写真の丸いものがリンパ球でそのまわりの編み目様のものが上皮細胞です。

手術とその合併症について

手術は、全身麻酔で胸のまん中にある骨(胸骨)を2/3から3/4ほど切り、その下にある胸腺をまわりの脂肪といっしょに取ります(拡大胸腺摘出術)。胸腺腫があればそれも取ります。

手術の傷はむねのまんなかに10-12センチぐらいです。


このひとのは10センチです

手術時間は胸腺腫のない場合は皮膚にメスが入ってから皮膚を縫い終わるまで1.5から2時間ぐらい。胸腺腫が浸潤性(まわりの組織におよんでいるような場合)であれば浸潤している臓器をとり、必要であれば再建します。時間もその程度に応じてかかります。胸腺腫が大きくて大静脈、肺などに浸潤していて取りきるのが難しい場合は、まずステロイドパルスや放射線療法や化学療法などをしてから手術を考える場合があります。手術の合併症としては出血、横隔神経麻痺(呼吸がしにくくなる)、反回神経麻痺(声がかすれる)、胸骨や縦隔の感染などがありますが、いずれも発生頻度はひくいものです。胸腺腫のある場合以外は輸血を必要とすることはありません。重症筋無力症の症状が軽い人は次の日には歩くことが可能です。ほとんどの人は食事も手術翌日から可能です。

手術の後は胸腺のあった場所にドレーン(管)を入れます。この管は出血がおさまれば抜きます。

手術の問題はむしろ手術の後の重症筋無力症の症状のコントロールにあります。手術前に、いきがしにくい、のみこみにくい、しゃべりにくい等の症状のある人は手術後に呼吸困難が出現し、人工呼吸を必要とすることがあります。人工呼吸の期間が長引くときは肺炎などの合併症を起こしやすく、この管理のため、気管切開をすることがあります。

入院期間は、順調であれば術前後あわせて10日から2週間です。胸腺腫のある場合は術後放射線療法をすることがありこの場合は入院が少し長引きます。

現在胸腔鏡や縦隔鏡を用いた胸腺摘出術が行われていますが、おおむね倍以上時間がかかり、胸腺を全部取りきれるかどうかが100%確実ではありません。しかしたとえほんの少し胸腺が残っていても私の予想では胸腺のほとんどがとれていれば、拡大胸腺摘出術とほぼ変わらない成績が期待できます。骨を切らない分手術の大きさは少し小さくなり、在院日数も短いです。

胸腺摘出術の効果について

胸腺をとるとその効果は手術後一年ぐらいの間に徐々に現れます。80ー90%の人が薬を減らすことができ、30ー40%の人は薬がいらなくなります。

癌などのように悪いものを取ったらすぐ治るのとは違い、胸腺摘出術の効果は間接的なので、取ったのにすぐ治らないではないか、と怒っては困ります。

胸腺は免疫を担当しているT細胞を作り出している器官ですが、大人になるとほとんど脂肪のようになっており、

子供の胸腺
子供の胸腺
大人の胸腺
大人の胸腺

大人では胸腺をとってもまったく問題はありません。子供の場合ははっきりしたデータはありませんが、ワクチンなどに対する反応等からすると3ー4歳以降であれば問題ないと考えられます。

ご注意

胸腺をとってしまったあと、(たとえば白血病などの治療のため)骨髄移植などを含む治療を受けることはさけた方がよいと思われます(T細胞を作るのに胸腺が必要なため理論上は効果がないと考えられるのです)。

胸腺をとることによりなぜ筋無力症がよくなるのかはよくわかっていません。これを解明しなければ、よりよい筋無力症の治療法もうまれません。このため当科では摘出した胸腺を使わせていただき、さまざまな免疫学的研究を行っています。

現在までに私たちの研究で明らかになったことをご紹介します。重症筋無力症の原因である抗アセチルコリン受容体抗体が胸腺のなかで産生されています。
重症筋無力症患者さんの胸腺からリンパ球を取り出し培養すると、抗アセチルコリン受容体抗体が培養上清に分泌されてきます。その量は血清抗アセチルコリン受容体抗体値と相関しています。したがって胸腺摘出術の効果の一部は直接抗アセチルコリン受容体抗体産生細胞を除くことです。

重症筋無力症でとった胸腺を見ると、リンパ節などにみられる胚中心が多くみられます。これは普通は胸腺では見られないもので、B細胞が増殖し抗体産生細胞になったりするところなので、このことが胸腺における抗アセチルコリン受容体抗体と関連していると思われます。


正常胸腺
正常胸腺
重症筋無力症胸腺
(白く抜けたようにみえるところが胚中心)
重症筋無力症胸腺(白く抜けたようにみえるところが胚中心)

しかし胸腺摘出術後も10年以上にわたって抗アセチルコリン受容体抗体陽性の人がほとんどです。

まったくゼロになる人はもともと抗アセチルコリン受容体抗体の低いひとが多く、全体の1-2%ぐらいしかありません。

これは胸腺以外で抗アセチルコリン受容体抗体が産生されていることを示しています。

実際に重症筋無力症患者さんの骨髄、リンパ節などのリンパ球を調べてみると抗アセチルコリン受容体抗体の産生を証明することができます。したがって胸腺摘出術をしても抗アセチルコリン受容体抗体はすぐには下がらないわけです。

しかし、胸腺摘出術の効果のみられる患者さんでは実際に術後数ヶ月から1年ぐらいの間に抗アセチルコリン受容体抗体が下がってきます。それはなぜでしょう?

その理由は次のように考えられています。胸腺では抗アセチルコリン受容体抗体以外の抗体(たとえばインフルエンザとかいったものに対する抗体)産生がほとんどありません。それに対し骨髄などでは抗アセチルコリン受容体抗体も産生されていますが、それ以外のものに対する抗体が量的に90%以上を占めています。すなわち胸腺での抗体産生はかなりアセチルコリン受容体特異的で、重症筋無力症患者さんの胸腺でみられる胚中心はその中で、抗アセチルコリン受容体抗体産生細胞がかなりの割合を占める、特別な胚中心が多いということになります。したがって胸腺ではアセチルコリン受容体に特別な何かがあるに違いありません。このような特別な何か、は現在まだわかっていませんが、抗原であるアセチルコリン受容体そのものが胸腺にあり、免疫反応の原因となっているという説もあり、また重症筋無力症の抗アセチルコリン受容体抗体産生は、体の他の部分で最初起こり、その後胸腺にアセチルコリン受容体特異的な胚中心ができるとも考えられ、結論はでていません。

いずれにしろ胸腺ではリンパ球がアセチルコリン受容体に対する反応を起こし、抗アセチルコリン受容体抗体を産生する細胞になって骨髄やその他のリンパ組織へでていくのではないだろうか、胸腺摘出術をするとそのような細胞の供給が絶たれるので、そのうちに抗体が下がってくるのであろうと考えています。

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