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重症筋無力症について

重症筋無力症(じゅうしょうきんむりょくしょう)は筋肉の力が弱くなる病気で、特に同じ筋肉を何回も動かしていると力がでなくなってくるのが特徴です。厚生省の特定疾患(難病)に指定されており、平成21年では全国で16431人の登録があります。人口が一億2751万人(平成21年)ですので、10万人あたり約13人の登録があることになります。理由は不明ですがこの登録数は年々増えています。男女別では女性に1.5-2倍多いとされています。

おかされる筋肉により次のような症状が現れます。

眼の周りの筋肉 まぶたが落ちてくる、ものが二重に見える、斜視
シャンプーが目にしみる、目が疲れる、まぶしい
口の周りの筋肉 ものがかみにくい、のみこみにくい、つばがあふれる、
食べたり飲んだりするとむせる、しゃべりにくい、鼻声になる
顔の筋肉 表情がうまくつくれない
笑おうとしても怒ったような顔になる
手足の筋肉 持ったものを落す、字が書けない、立てない、歩けない、
階段が昇れない、洗濯ものがほせない、おふろで頭が洗えない
呼吸筋 息がしにくい

おかされる筋肉や、その程度は人により異なります。しばらく使っていると悪くなり、休むと回復します
夕方に症状が強いことが多いです。

心臓や腸の筋肉は侵されません。

重症筋無力症の人の筋肉が弱くなるのは、体の中に抗アセチルコリンリセプター抗体という抗体ができ、
これが筋肉の膜のアセチルコリンリセプターに結合するためです。アセチルコリンリセプターは、神経からの刺激を筋肉の細胞に伝える役割をしているので、重症筋無力症の人は神経からの刺激が伝わりにくくなっているのです。

正常の人
重症筋無力症の人

正常の神経筋接合部では神経の刺激により神経末端からアセチルコリン(小さい青いたま)が放出され、筋肉の膜にあるアセチルコリン受容体(ソーセージのようなもの)に結合しアセチルコリン受容体のチャンネルが開いて(赤くなったソーセージ)刺激が伝わります。アセチルコリンはコリンエステラーゼにより急速に分解されてなくなります。重症筋無力症に使われるマイテラーゼなどの薬はこのコリンエステラーゼを阻害してアセチルコリンがこの神経筋接合部に多くたまるようにするものです。

正常の神経筋接合部

アセチルコリン受容体が十分あるので神経からの刺激が伝わる
重症筋無力症の神経筋接合部

抗体(Y字のかっこうをしたもの)がくっついていてアセチルコリン受容体の数がへっているので神経からの刺激が伝わりにくい

我々の体は何百万もの抗体を作る能力があり、たとえばカゼをひいたときには、ウイルスにたいする抗体を作ってカゼをなおすのに使っています。重症筋無力症の場合は、なぜかわからないけれども自分の体の一部であるアセチルコリンリセプターに対する抗体ができ、これが病気を起こしているのです。つまり、自分で自分を病気にしているわけです。この、自分の体にたいする抗体による病気を自己免疫疾患といい、重症筋無力症もそのひとつです。

重症筋無力症は女性に多いです。また、胸腺腫を合併することがあります(約24%)。胸腺腫のある人は男の人も同じぐらいあります。

重症筋無力症375例の集計(Masaoka等Annals of Thoracic Surgery 1996)

胸腺腫のない人 胸腺腫のある人
72 48
214 41

遺伝することはありません。

いくつか家族内発生は報告されています。また特定のHLA抗原との関連性も指摘されていますが、抗アセチルコリンリセプター抗体産生そのものは遺伝しません(どの抗体を産生するかは子供が生まれるときリセットされるのです)。遺伝するとすると、重症筋無力症を含む自己免疫疾患になりやすい素因は可能性があります。抗アセチルコリンリセプター抗体のない先天性の重症筋無力症という病気は別にあり、これはアセチルコリンリセプターそのものの遺伝子の異常で、神経筋伝達がうまくいかないものです。成長してから発症する一般の重症筋無力症とはまったく別の病気です。また重症筋無力症の母親から生まれる子供に一過性に生じる重症筋無力症の症状は、胎盤をとおして抗体が移行するためで、この抗体がなくなれば症状はなくなり子供そのものは重症筋無力症ではありません。

重症筋無力症の診断は次のようにして行ないます。

  1. 筋肉が疲れやすく、休むと回復する
  2. 筋電図に特徴的な所見がある(waningウェーニング―何回も繰り返し刺激すると反応が弱くなる)
  3. 血清中に抗アセチルコリン受容体抗体がある
  4. テンシロンなどの抗コリンエステラーゼ剤が効く

抗アセチルコリン受容体抗体はこの病気に特異的で、正常人ではほとんど検出されません(0.2pmole/ml以下)。この抗体があれば重症筋無力症であると考えられます。陽性の場合もその値はひとけたから1000を越える人までさまざまです。 1000の人が8の人より重症とは限りません。しかし、普段20の人が50になるとかなり症状は悪化し、5ぐらいに下がると楽になることが多いです。この抗体が陰性で、典型的な重症筋無力症の症状を持つ人も10-15%あります(抗アセチルコリンリセプター抗体陰性の重症筋無力症について)。しかし、この抗体が陰性であれば、他の神経疾患を注意して除外しなければなりません(特に症状が眼に限られている人)。

治療は、

  1. マイテラーゼ、メスチノン、ウブレチド、などの抗コリンエステラーゼ剤(重症筋無力症に使われる薬について
  2. プレドニンなどのステロイド(副腎皮質ホルモン剤)
  3. 胸腺摘出術
  4. 血漿交換
  5. プログラフ、サイクロスポリン、アザチオプリンなどの免疫抑制剤
  6. 大量免疫グロブリン療法

などが行なわれます。治療法の選択や、薬の量などは経験のある医師と相談してきめるべきです。自分で勝手に薬の量をふやしたりするとかえって悪くなることがあります。

治療の効果は人により様々で、抗コリンエステラーゼ剤だけでほぼ症状のない人から、かなり多量のステロイドを飲まなくてはならないひと、胸腺摘出術により良くなる人、胸腺摘出術後もステロイドや免疫抑制剤が必要なひとなどいろいろです。上記の治療のうち、抗コリンエステラーゼ剤および血漿交換は対症療法で、重症筋無力症そのものを直すものではありません。ステロイドや胸腺摘出術は免疫を介して重症筋無力症を改善させると考えられます。治療により症状がよくなるとともに抗アセチルコリン受容体抗体も低下することが多いですが、
胸腺摘出術後もほとんどの人は抗アセチルコリン受容体抗体はゼロにはならず、陽性のままです。胸腺摘出術の重症筋無力症に対する効果は腫瘍などの切除術と異なり「間接的なもの」です。抗アセチルコリン受容体抗体が術前の半分ぐらいに低下すればかなり症状も改善すると考えられます。

重症筋無力症の症状の増悪、軽快について

重症筋無力症は自己免疫疾患で、その特徴のひとつとして自然によくなったり悪くなったりすることがあります。悪くなるような要因をさけることも必要ですが、経験をつんでくるとある程度自分で薬の量をコントロールできるようになるものです(しかし、のみすぎには注意してください、特に一日マイテラーゼなどが4錠以上になるのはきけんです)。

かぜをひいたりストレスがあったりすると、症状が悪くなることがあります。

呼吸困難のある人は入院するか、症状が悪化したときにすぐ救急車を呼べるようにしておく必要があります。ひとりぐらしの人は特に気をつけて下さい。

痛み止め、睡眠薬、アミノグリコシド系抗生物質は筋無力症の症状を悪化させることがあります(気をつけなければならない薬)。

重症筋無力症の女の人が妊娠すると一般に症状は少し良くなり、出産すると少し悪くなる人が多いです。出産後の発症も多いのです。しかし、重症筋無力症でありながら元気に出産、育児をされている方も多くあり、決してあきらめる必要はありません。主治医とよく相談して希望をもって取り組んで下さい。

その他

重症筋無力症の母親から生まれた子供は生まれてしばらく重症筋無力症の症状がでることがあります。これは胎盤を通して子供につたわった抗アセチルコリンリセプター抗体によるもので、子供自身が重症筋無力症になったわけではないので、しばらくすると抗アセチルコリンリセプター抗体は消失し、重症筋無力症そのものが遺伝することはありません。

重症筋無力症は難病に指定はされていますが、現在の医療水準では、医師が注意深く観察していれば、絶対に死ぬことはありません。日常生活に支障があれば、気分も暗くなりがちですが、なるべく外に視野を向け、自分のできる範囲で積極的に社会に出ていく方が気分も良くなり、闘病にもはりあいがでるものです。明るくこの病気とつきあってください。

ご注意

血清中の抗アセチルコリンリセプター抗体の価が高い人は献血しないで下さい。血液をもらった人が重症筋無力症の症状を起こす可能性があります。

私の外来に通院中の重症筋無力症患者さんは約100人おられます。全国的な多数例の集計とほぼ同じ傾向ですが、私の外来でどのような治療が行われているか、私の治療方針の概略がわかると思います。

年令別の患者さんの数です。

このグラフで色のついた部分は胸腺腫のある方です。胸腺腫のある方は高齢に多く10才以下にはないことがわかります。10才以下の患者さんが6人おられます。

胸腺摘出術を受けた患者さんの割合です。

外科ですので胸腺摘出術を受けた患者さんがほとんどです。すべての患者さんに胸腺摘出術をおこなっているわけではありません。目の症状だけのかた、あるいは抗アセチルコリン受容体抗体が陰性のかたは胸腺摘出術をおこなわずに様子をみることが多いです。

現在行っている治療法別の割合です。

ステロイドを飲んでいない方が約40%、残りの方はステロイド服用中で10%の方はステロイドと(プログラフ、ネオーラルなどの)免疫抑制剤を飲んでおられます。比較的軽症でステロイド、免疫抑制剤を飲んでおられる方も見えるのですがこれらの薬を飲まれたので、ここまで症状の改善があった方々です。

治療法を重症度別にグラフにしてあります。

縦軸は患者さんの人数です。やはり重症の方がステロイドや免疫抑制剤を飲んでおられる人の割合が多いことが分かります。

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