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抗アセチルコリンリセプター抗体陰性の重症筋無力症について

臨床的に重症筋無力症と診断されている患者さんのうち10-15%の方は抗アセチルコリンリセプター抗体が陰性です。このような方でもテンシロンテストが陽性(抗コリンエステラーゼ剤が効く)、筋電図所見などで臨床的に重症筋無力症と診断されていることがあります。

実際このような方は、神経と筋肉の接合部に異常があることは間違いないと考えられますが抗アセチルコリンリセプター抗体が陰性であることから病態は狭義の重症筋無力症(抗アセチルコリンリセプター抗体陽性の重症筋無力症)とは異なると考えられます。

このような患者さんのうち約70%の方には、筋肉にあるMuSKという蛋白に対する抗体があることが2001年にNature Medicineという雑誌に報告されました(私の留学していたイギリスの研究室からの報告)。

このような患者さんではやはり抗コリンエステラーゼ剤が効果があり、免疫抑制剤も有効と考えられますが
胸腺摘出術が有効かどうかは疑問です。抗MuSK抗体陽性の重症筋無力症患者さんは胸腺腫がありませんし、胸腺の異常も現在のところ報告されていません。Duke大学での12例の抗MuSK抗体陽性重症筋無力症患者さんの報告(2003年)では7人に胸腺摘出術を行いいずれも効果がなかったとされています。2003年にBrainという雑誌にイタリアのグループから37例の抗MuSK抗体陽性(抗アセチルコリンリセプター抗体陰性)の重症筋無力症患者さんの報告が載りました。これらの患者さんのうち15例に胸腺摘出術が行われましたが、いずれも効果はなく、胸腺腫や胸腺の胚中心などの胸腺の異常も見られなかったと報告されています。(Brain 126:2304,2003)

2011年、LDL receptor-related protein 4 (Lrp4)という神経筋接合部にあり、アセチルコリンリセプターの構成、機能に重要な役割を果たしている蛋白に対する抗体が重症筋無力症の患者さんで見つかりました。この抗体を持つ重症筋無力症の患者さんは全員抗アセチルコリン受容体抗体が陰性でしたが一部に抗MuSK抗体とこの抗Lrp4抗体を両方持っている方がいました。この抗体は抗アセチルコリン受容体抗体陰性の重症筋無力症の患者さんの約9%に見られ、この抗体により神経筋接合部の構造、機能に不具合が生じて筋脱力にいたると考えられます。これも神経筋接合部の蛋白に対する自己免疫疾患ですので、抗コリンエステラーゼ剤、ステロイド、免疫抑制剤の効果はあると考えられますが、このタイプの重症筋無力症の臨床上の特徴はまだ明らかになっていません。これからも重症筋無力症を引き起こす自己抗体はいくつか見つかる可能性はありますがもうそれほど多くの新しい抗体が見つかる可能性はそれほど多くありません。

このような患者さんに関しては症例も少なく、これから治療方針が固まってくると考えられますが、胸腺摘出術に関しては慎重であるべきです。ちなみに、私が留学していた研究室で、抗MuSK抗体の論文を出したところ(英国でのほとんどの重症筋無力症患者さんをみているところ)では抗アセチルコリンリセプター抗体陰性の患者さんは胸腺摘出術をしない方針です。我々の施設では胸腺摘出術が適応になるような重症例で抗アセチルコリン受容体抗体陰性の患者さんの場合は抗MuSK抗体を測定するようにしています。抗MuSK抗体陽性の重症筋無力症に対しては胸腺摘出術は行いません。抗アセチルコリン受容体抗体、抗MuSK抗体ともに陰性の場合は胸腺摘出術を全く否定はしませんが慎重に検討します。

この図のように、重症筋無力症には抗アセチルコリン受容体抗体によるもの(これを狭義の重症筋無力症と呼ぶことにします)と、(抗MuSK抗体、抗Lrp4抗体など)別な原因によるものがあります。これらを含めて臨床的な(広義の)重症筋無力症と呼びます。抗アセチルコリン受容体抗体による重症筋無力症の一部には臨床的には重症筋無力症であっても検査で抗アセチルコリン受容体抗体陽性とならないものがあり、このような症例は胸腺摘出術の適応があると考えられます。これらの症例が抗アセチルコリン受容体抗体陽性とならない理由は

  1. 抗体があまりに低く、検査の感度以下である
  2. 抗体の種類が特殊で(IgG1)普通の抗アセチルコリン受容体抗体の検査にひっかかりにくい(Brain 131: 1940-1952, 2008)
  3. 抗体はあるのだが、筋肉のアセチルコリンリセプターに結合してしまい、結果として血中濃度が低い

などが考えられます。抗アセチルコリン受容体抗体陰性の場合は上記の抗アセチルコリン受容体抗体による重症筋無力症でありながら検査上、抗アセチルコリン受容体抗体陰性になっている患者さん(上の図で紫色の部分)以外は、抗MuSK抗体によるもの、その他の原因によるものも、胸腺は病気に関係ないと考えられ、胸腺摘出術の適応はありません。抗アセチルコリン受容体抗体陽性で症状のない人(胸腺腫や高齢者などの一部に見られる)はもちろん胸腺摘出術の必要はありません。

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