生を衛[まも]る予防医学
私たち環境保健学分野は、社会医学の一分野である「衛生学」を専攻する研究室です。衛生学とは、生活環境、労働環境、地球生態環境による健康への悪影響やその原因および機序、リスクの大きさを解明し、社会の中で解決策の提示と実践を行い、生を衛[まも]る予防医学です。私たちは、特に「環境衛生学」及び「労働衛生学」に軸足を置いた研究と人材育成を通じて、社会に貢献することをめざしています。
環境や労働に起因する疾病や健康度の低下は、原理的には予防・軽減可能であるはずです。そして、健康に生活し、働き、次世代を安心して育むことは、人類共通の基本的な願いであり、また権利です。そのためには、身のまわりの空気や水、衣食住、そして職を含む環境が、良好な状態に保たれている必要があります。
かつて、結核が社会に蔓延し、職業性中毒が多発していた時代には、国民の栄養状態を改善し体力を向上させ、また、職場や地域社会で衛生的な環境を実現することが衛生学の大きな目標でした。そうして当時の衛生学は、多発する職業病や公害病の解決に中心的な役割を果たしてきました。
21世紀の今日、これらの疾病の多くは克服されていますが、社会の中で生をまもる、より深化したリスク評価、リスク管理の視点が必要とされています。疲労やメンタルヘルスの問題はもとより、石綿による健康被害発生の顕在化、特定の職場における胆管がんの多発、微量な化学物質への長期曝露による健康影響の危惧、大規模災害発生に伴う放射線や心身の健康問題など、解決の必要な課題は数多くあります。
一方、世界に目を向けて見ると、工業化が急速に進む途上国は、先進国が過去に経験・克服してきた問題に直面しています。近年は、先進国が経験しなかった新しい健康問題が顕在化する場合もあり、私たちは、これらの問題解決のために貢献することも期待されています。
衛生学の研究手法は多岐にわたります。動物実験を行って最新の生命科学的アプローチにより生体内分子の解析を行うこともあれば、ヒトの集団を対象に質問票をはじめさまざまな手法を駆使して、大規模な調査を行うこともあります。そのために、私たちは、研究テーマ毎に必要な専門性を有するチームをつくります。社会からのさまざまな意見に耳を澄まし、時として生じる利害衝突の調整もしなくてはなりません。広い視野、柔軟な発想力、協調性、医学及び関連領域のプロフェッショナルとしての社会の中での問題解決能力は、衛生学の専門性の重要な構成要素です。
衛生学の果たすべき役割の大きさとともに、私たちの目指す方向を感じ取っていただければ幸いです。社会の中で実践する医学である衛生学に興味のある若い学徒は、是非私たちの門を叩いてみて下さい。
名古屋市立大学大学院医学研究科
環境労働衛生学分野
教授 上島通浩