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コラムColumn

てんかんは遺伝するのか? 2011/山川和弘

てんかんと遺伝子 2007/山川和弘

てんかん・自閉症は遺伝的背景の寄与の大きい疾患である 2022/山川和弘

(日本小児神経学会機関誌 脳と発達 2022;54:11-7. 総説「てんかんと自閉スペクトラム症の本態を探る」より抜粋)
Ⅰ てんかん・自閉スペクトラム症への遺伝的背景の大きな寄与
 「てんかんは遺伝するか?」.日本のインターネットサイトではこの質問に対する答えとして「多くの場合てんかんは遺伝しません(UCB ジャパン)」1),「てんかんのほとんどは遺伝しません(日本てんかん協会)2)(注:私の講演後,適切な表現に変更して頂けた.)」,「てんかん発症の要因として,多くの場合で遺伝子の関与は大きくない(日本神経学会)」3),「…てんかんの遺伝性は極めて乏しい…生まれてくる子どもにてんかんが発病する可能性は,てんかんをもたない人の子どもがてんかんを発病する可能性にほぼ同じ…(静岡てんかん・神経医療センター)」4)などの言葉が並ぶ.本当にそうか?  てんかんを持つ人の子どものリスクはてんかん全てで一般集団のそれのおよそ3倍,全般てんかんの場合はおよそ8倍5)との報告がある.また,様々な疾患における遺伝的背景の寄与の大きさを推し量る手法の代表的なものが一卵性双生児における発症一致率であるが,てんかんの過半を占める特発性てんかん(全世界4,590 万人のてんかん患者での統計値は52%6))ではおよそ8割という非常に高い一致率が繰り返し報告されている7) 8).症候性てんかんでもその1割余りは遺伝性が明らかな疾患であり,また,頭部外傷や感染症などを誘因とするてんかんでも発症の有無を遺伝的背景が左右しうることは,多くの原因遺伝子欠損てんかんモデル動物におけるけいれん誘発剤などの環境誘因に対する感受性の大きな亢進などからも明らかである(ワクチン接種によるとされたてんかん性脳症の複数症例が実はSCN1A 変異を有するDravet症候群であった9)ことなども,環境要因によるとされていたてんかんにも遺伝要因が深く関わっていることを示す1例とも言える).てんかんと大きく重なる(およそ3割が相互に合併する)自閉スペクトラム症(autism spectrum disorder ;ASD)でも5~9割の一卵性双生児における発症一致率が報告されている7) 10).これらのことからも,てんかんやASDの発症において遺伝的背景が大きく寄与していることは明らかな科学的事実である.先のサイトでも「…てんかんのある人の子どもにてんかんが発症する頻度は4~6%と,一般の2~3倍といわれています.つまり,てんかんの素質が遺伝するということを理解することが大切です(日本てんかん協会)」2)など,フォローの言葉が続くものもあるが,読む人にとっては最初の言葉がやはり大きい.一方,海外の病院や患者団体ウェブサイトでは「Heredity(genetics or the physical traits we get from our parents)plays an important role in many cases of epilepsy(Epilepsy foundation, USA)」11)「Genetics play a part in many types of epilepsy,,, If a parent has idiopathic epilepsy, there is about a 9% to 12% chance that the child will also have epilepsy (The Hospital for Sick Children, Toronto, Canada)」12)など,てんかんにおける遺伝の大きな寄与が適切に説明されている.日本のサイトであっても,ASD・神経発達症に関するものでは「Q:発達障害は遺伝ですか? A:わかっている事:遺伝子が主な要因だということ…(Kaien Enabling Excellence)」13)「自閉症の成因に遺伝が指摘されている(メディカルノート)」14)「自閉スペクトラム症は多くの遺伝的な要因が複雑に関与して起こる生まれつきの脳機能障害で,人口の1% に及んでいるとも言われています(e-ヘルスネット)」15)など,説明は適切である.少なくとも「ASD・神経発達症のほとんどは遺伝しない」などの表現は見当たらない.てんかんにおける遺伝的背景の寄与を頭から否定することは,患者さんやご家族の「病気の本当の理由・原因を知りたい」と願う気持ちを裏切り,遺伝子診断・遺伝子治療が急速に普及する近年,それらの進歩の恩恵に預かる機会を奪うことで彼らの利益を損なうことにもなろう.てんかんにおいても,臨床医と患者,家族,一般社会での正しい遺伝学的知識の共有が強く求められる.

Ⅱ 新生変異の多くは親の性腺モザイクに由来:次子のリスクは一般より大きい
 多くのてんかん・神経発達症(特に軽度のもの)は父母から遺伝する複数の疾患修飾因子の重なりによって発症する多因子疾患の側面が強い16)とされるが,てんかん性脳症や典型的で重症の(カナー型)ASD などは原因遺伝子の新生変異(一般に,患者さんのみでみられ両親の血液のDNA には見られない変異として定義される.)(図1)によって引き起こされることが多い.また,母親の出産時年齢の上昇とともに指数関数的に出生数が増えるDown症候群とは異なり,近年の神経発達症の増加は逆に多くが父親の年齢の上昇に伴う新生児における新生変異の増加によるものであることが複数の大規模全ゲノム解析により示唆されている17).臨床医が心に留め置くべきは,実はこれら新生変異もそのほとんどが両親のどちらかにモザイクとして存在しており,故に次子における当該疾患の罹患率は一般よりもはるかに高いということである.例えば,Dravet 症候群はそのほとんどがSCN1A 遺伝子のヘテロ機能喪失新生変異によって引き起こされるが,我々は同一変異を有する兄弟発症例を複数報告しており18) 19),このことは多くの場合,新生変異が両親の性腺にモザイクとして存在することを示している.実際に,近年導入された高感度でPCR効率に左右されず絶対定量が可能とされるデジタルPCR法によるDravet症候群の両親の性腺モザイクの詳細な解析20)は,1)Dravet 症候群患者の父親56人中10人(18%)の精子において患者でみられたSCN1A変異がモザイク(アレル頻度:0.03 ~ 39%),2)Dravet症候群112家族のうち26家族(23%)の末梢血において患者でみられたSCN1A変異の両親のどちらかでモザイクとして確認,3)アレル頻度が大きいモザイク変異を持つ親には,その頻度に応じた症状が出現,4)モザイクが検出されない親の6%にてんかん症状が見られることによるデジタルPCRでも検出されないモザイクの存在の示唆,5)712人のDravet症候群患者中モザイクは2人のみ(アレル頻度32.98%,26.48%:ともに発症時期が遅い非典型例)など,いくつかの重要な知見を報告している.私の知る限りDravet症候群患児の両親の次子におけるリスクの詳細な報告は未だないが,原因遺伝子ジストロフィンの(トリプレットリピート伸長X連鎖ではなく)新生変異によって引き起こされるタイプのDuchenne型筋ジストロフィー(全体のおよそ4 割:有病率: 0.5~1人/万人)においては,患者の兄弟に疾患が現れる割合はおよそ14%(一般集団の700~1,400 倍のリスク!)との報告がある21).このことを数年前に学会で講演した際の帰り際,「新生変異の次子のリスクは本当に高いの?」などのひそひそ声が帰途につく聴衆から聞こえてきた.「新生変異の次子でのリスクは一般に比べてはるかに高い」,この科学的事実は臨床上も非常に重要であり,繰り返し学会・医学教育の場で強調されるべきであろう.