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コラムColumn

てんかん・自閉症は遺伝的背景の寄与の大きい疾患である 2022/山川和弘

てんかんは遺伝するのか? 2011/山川和弘

てんかんと遺伝子 2007/山川和弘

 我々の研究室ではてんかんの原因遺伝子を同定し、その機能を解析する事により、診断と治療法の開発に寄与したいと日々努力しています。我々の研究を進める上で、「てんかんの多くには遺伝的背景が存在する」というのが大前提です。

 先日、学会出張帰りの飛行機の中で、ある高名な小児科医の先生と話す機会を得ました。その先生のお話のなかで、「てんかんの患者さんやそのご家族に、てんかんは遺伝性の疾患であるとはなかなか言いにくい。」というお言葉がありました。私も、その先生のお気持ちは分かるような気はします。しかし、「てんかんは遺伝しない」と言い切ってしまえばそれは真実ではありません。多くのてんかんは遺伝子の異常(もしくは相違)に基づくものです。その異常には、必ずてんかんを発症させるものから、「てんかんへのなり易さ」を決める遺伝子の多様性とも言うべきようなものまで様々なものがあります。このことは浸透率という言葉でも表され、必ず発症するなら100%、その遺伝子異常を持っていても半分の人しか発症しないなら50%という具合です。交通事故などにより同じような頭への怪我を負った場合も、ある人はてんかんを発症し、ある人は発症しないという違いが起こる、これも遺伝的背景の違いにより左右されていると考えられます。純粋に環境要因のみに規定されるてんかんは少ないでしょう。遺伝子変異にも、父母から伝わるものや、患者である子供さんにのみ見つかるもの等があります。個々のケースについて、遺伝学的な多くの付属説明が求められます。我々研究者や医師がこれを認め、患者さんやご家族に出来るだけ正確に伝え、理解して頂く事が、病気の理解や治療に対する心構え、更にはこれからの生活の確かな指針につながるものと思います。

 遺伝子の物質的本体はDNA(デオキシリボ核酸)という「G」「A」「T」「C」の4文字で表される4種類の塩基(グアニン、アデニン、チミン、シトシン)がひも状につながったものであり、この文字列の中でRNA(リボ核酸)に転写され蛋白に翻訳される一定の長さの部分を「遺伝子」と呼んでいます。蛋白もまた20種類のアミノ酸が様々な順番と長さでつながったもので、DNAの塩基3文字がアミノ酸1文字に対応します。我々の体は約60兆個の細胞から成り立っており、それぞれの細胞は基本的に同一の遺伝子セット(父と母から受け継いだ合計2セット)を持っています。1つの遺伝子セットを持つDNAは「ゲノム」と呼ばれており、ヒトの場合約30億個の塩基(文字)からなっています。少し前までヒトゲノムの遺伝子の数は約10万とされていましたが、先頃の(といってももう7年前になりますが)ヒトゲノムプロジェクトのひとまずの完了により、われわれヒトの遺伝子の数は約3万と報告されました。これらの遺伝子がそれぞれ正確に決められた場所とタイミングで働く事により、我々の体が成り立っているわけです。

 遺伝子の異常と言うと特別なもののように聞こえますが、そうではありません。DNA塩基配列レベルでの個人間の違いは1塩基置換で0.1~0.2%程度とされていますので、塩基として約300~600万もの違いがある事になります(蛋白に翻訳される部分でのアミノ酸を変える多型は~約10万)。違いは他にも2~3塩基リピート数の多型など様々なものがあり、更に最近では数千から数百万塩基の大きさを持つ領域のコピー数にも欠失や重複等による個人差がある事が分かってきています。それぞれの遺伝子の数は通常は父母からもらった2つ(コピー)ですが、これらの個人差を示す領域に含まれる約3,000の遺伝子の数は、人によって1コピーであったり3コピー以上だったりするということですからすごいですよね。これらの違いも特定の病気へのかかり易さ等を含めた個人間の表現型の違いに繋がっていると予想されています。以上のことから、てんかんの原因になるもの、もしくは特にてんかんに罹り易くする遺伝子変異などは、数多くのDNAの個人差の一部にすぎないという言い方も出来るのではないでしょうか。

 てんかん発症に関わる遺伝子も今までに100を上回る数が報告されています。てんかんは大きく(1)脳内病変を認めず、主にてんかん発作のみを症状とする特発性てんかんと、(2)脳内病変を認め、発作以外の症状も合併することの多い症候性てんかん、に分類されます。特発性てんかんでは家族内発症や一卵性双生児での高い一致率(約8割)などから、特に高い遺伝的背景の寄与が想定されます。実際、1995年の最初の原因遺伝子の報告以来、約20の特発性てんかん原因遺伝子が同定されており、その多くがイオンチャネル(ナトリウム、カリウム、カルシウムなどのイオンを通す穴を細胞膜に作る蛋白)をコード(暗号化)しているという点が大きな特徴です。ただ、これらの遺伝子に異常がみられるのは特発性てんかんの患者さんのごく一部に限られるのが現状で、多くの特発性てんかん原因遺伝子は未同定のまま残されていると言えるでしょう。症候性てんかんでは、その原因の多くが交通事故などによる脳への怪我、感染症、周産期障害などによるものとされ、明らかに遺伝性のものは患者さんの数としては1割程度です。しかしながら、この遺伝性症候性てんかんにはそれぞれは極めて稀ですが200を越える様々な疾患が含まれています。症候性てんかんの原因遺伝子にイオンチャネルをコードするものは今のところありません。

 ここで最近分かってきたてんかん原因遺伝子の一つの例として、イオンチャネルの一つ、ナトリウムチャネルをご紹介します。私たちの脳の神経細胞の表面には膜電位の変化に応じて開閉する電位依存性ナトリウムチャネル蛋白があり、今までにNav1.1, Nav1.2, Nav1.3, Nav1.6の4種類が知られています。これらが生み出す電気信号が神経細胞の間を伝わる事により、私たちはものを考えたり話したり手足を動かしたりできるわけです。ここ数年、Nav1.1をコードしている遺伝子SCN1Aの変異が、熱性痙攣プラス、乳児重症ミオクロニーてんかんなどで見つかってきています。熱性痙攣プラスは、乳幼児期に発症した頻発する熱性けいれんが6歳以降も継続し、更には無熱時の多彩なてんかん発作を示す病気です。変異は約1割の患者さんでみつかり、ほとんど全てがNav1.1を構成する1,998個のアミノ酸のうちたった一つのアミノ酸が変化するタイプです。変異は父母のどちらかより伝わり、家族内の他の患者さんでもみられます。乳児重症ミオクロニーてんかんは難治のてんかん発作、重い精神発達障害を特徴とする重篤なてんかんです。変異はなんと患者さんの8割でみつかりますが、ほとんどが父母では見つかりません。1/3がアミノ酸が変化するタイプ、2/3が蛋白が途中でちぎれるタイプです。変異は2コピーある遺伝子のうち、1コピーだけでみられます。おそらく患者さんの脳では正常な蛋白が半減しており、これが発症に繋がっているのでしょう。なぜ神経細胞を興奮させるはずのナトリウムチャネルが半減しててんかんになるのか、不思議に思われるかもしれません。実は、神経細胞には興奮性のものと、それを抑制するものがあり、どうもNav1.1はある特定の抑制性神経細胞で大きな役割を担っているらしいということが、SCN1A遺伝子を欠失させたマウスモデルを解析する中で分かってきました。原因遺伝子が同定され、その情報を利用する事により初めて治療のターゲットとなる細胞、発症の仕組みが見えてきた訳です。今、私たちはこのマウスを使い、有効な治療法を開発するべく研究を進めています。

 最後に、お願いがあります。私たちの研究には、多くの患者さんおよびご家族の協力が必要です。てんかんの発症の仕組みを理解し、より良い診断法・有効な治療法の確立のため、お医者さんから遺伝子解析の申し入れがあった場合には、是非ご協力頂けますよう、心からお願い申し上げます。