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コラムColumn

てんかん・自閉症は遺伝的背景の寄与の大きい疾患である 2022/山川和弘

てんかんと遺伝子 2007/山川和弘

てんかんは遺伝するのか? 2011/山川和弘

 「てんかん」は遺伝するのか? この質問に、多くの臨床医の先生方は「遺伝するのはごく一部のまれなてんかんであり、多くのてんかんは遺伝しない」と答えられる。実際に、インターネットで検索してみても、多くのサイトが同様のことを言っている。「てんかんの遺伝性は極めて乏しい..」「遺伝的要因によるものは全体のてんかんの5%にすぎない...」「生まれてくる(てんかん患者の)子供にてんかんが発病する可能性は、てんかんをもたない人の子供がてんかんを発病する可能性にほぼ同じ...」などなど。はたして、これらの言葉は本当に正しいのだろうか?

 てんかんは大きく、1)全体の約7割を占め、てんかん発作のみを症状とし、多くが薬で制御できる特発性てんかんと、2)全体の約2~3割を占め、脳内病変(怪我、神経変性など)かつ/もしくは代謝異常を伴い、多くが難治/重篤な症候性てんかん、3)稀であり、脳内病変/代謝異常はみられないが症状が重篤な潜因性てんかん、の3つに分けられる。症候性てんかんのおよそ9割は怪我、感染などの環境要因により発症し、遺伝性のものは約1割であるが非常に多くの稀な疾患(多くが100%の浸透率-疾患変異を持つ人が実際に発症する割合-を示す単一遺伝子疾患)からなり、その遺伝様式は多くが明確である。一方、特発性てんかんは多因子疾患の側面を持ち、浸透率は50~70%と不完全で遺伝様式が複雑となり、また更に同一変異を持つ患者の症状も多様となることからすぐには遺伝性を確認し難い場合が多い。また、この複雑さ故に今までに同定された特発性てんかん原因遺伝子の数は10を少し上回る程度に過ぎないし、ほとんどの特発性てんかん患者の原因遺伝子は未同定のまま残されている。これは、遺伝性症候性てんかんで既に100を超える遺伝子が同定されているのと好対照をなす。しかしながら、一卵性双生児での一致率を様々な疾患で調べた研究では、特発性てんかんが統合失調症や躁鬱病など他の疾患を抑え、80%を超える最大の一致率を示しており(1)、このことは、特発性てんかんにおいて遺伝的背景の寄与が非常に大きいことを明確に示している。DNA塩基配列レベルでの個人間の違いは1塩基置換で0.1~0.2%程度とされており、塩基として約300~600万もの違いがある。それらの一部は疾患の発症、感受性に関わる遺伝子に変化をもたらすものであり、それらも膨大な数に上ることが想定される。その意味に於いて病気の遺伝子を全く持っていない者など、我々の中に誰一人いないと言える。また、それら遺伝子の配列の違いがもたらす表現型の違いは単一遺伝子疾患を除きその多くが優れて連続的なものであり、何を病気と呼び、何を個性と呼ぶかはあくまで人間が決めるものであるにすぎない。特発性てんかんは、その疾患表現型の軽度なことからも個性の違いに近いと見ることもできるかもしれない。しかし、そうではあっても、てんかんの多くが遺伝子配列の違いによって発症するという事実に間違いは無い。

 以上のことから、「てんかんの多くは遺伝しない」と言い切ればそれは誤りである。特に最後の「...可能性にほぼ同じ...」に至っては、家族歴が無い一般人でのてんかん発症危険率がおよそ1.7%なのに対し、親がてんかんもしくは脳波異常を持つ場合には6~12%と跳ね上がるという事実からも強弁に過ぎよう。てんかんのみならず全ての疾患について臨床医は深い遺伝学的知識を備えなくてはならないし、それを患者や家族に誤解の無いよう細心の注意を払い、出来る限り正確に患者や家族に伝えなければならない。患者や家族はそれによってのみ、心を定めて病気に対峙できる。患者や家族に余分な心配をかけさせたくないから正確な情報を伝えることを躊躇するというのは間違っている。何より、正確な情報(遺伝的背景および遺伝形式などの態様、着床前出生前診断の適用可能性、など)を知るのは彼らの基本的な権利であろう。我々が長い間の努力の末に得ることが出来た科学的真実を、科学者や医学者、臨床医などの限られた人々の間だけで占有するのではなく、患者さんやその家族、一般の人々の間で広く共有しなければならない。それによって初めて我々は、疾患という人類共通の敵に立ち向かうことができると私は信じる。

 (1) Plomin R, Owen MJ, McGuffin P: The genetic basis of complex human behaviors. Science 264:1733-1739.