研究概要

研究概要

その1

ナノマテリアル(直径100nm以内の物質、通常人工的に作り出されたもの)の発がんリスクとその検出法の研究において、マクロファージを介する発がん機序とそれに関与する因子を明らかにしつつある。現在は金属開発(二酸化チタニウム、酸化亜鉛)炭素ナノマテリアル(フラーレン、カーボンナノチューブ等)について研究を実施している。とくに、長期吸入暴露試験に代替出来るin vitroin vivoの系を組み合わせた短期スクリーニングモデルの開発と、毒性・発がん性についてマクロファージの関与に注目して研究を行っている。現在のところ、肺内に投与したカーボンナノチューブは胸腔内に移動して胸膜中皮腫を発生させる可能性について実証を重ねている。(Carcinogenesis, 31:927-935, 2010; Food Chem Toxicol,49:1298-1302, 2011.Cancer Sci, 103:2045-2050, 2012; Arch Toxicol, 88:65-75, 2014; Cancer Sci, 105:763-768, 2014)

その2

乳蛋白のラクトフェリンの大腸発がん予防作用を動物とヒト介入試験(104例)で明らかにしてきた。現在ラクトフェリンによる発がんとがん転移抑制機序の解析とラクトフェリンの構成ペプチドの抗がん作用の解析行っている。(Biochimie 91:86-101, 2009; Biometals 23: 399-409, 2010; Cancer Prevention Research, 2: 975-983, 2009, J Func Foods, 10:305-317, 2014

その3

ヒト活性型(変異型)Kras遺伝子をラットに導入し、膵臓でコンディショナルに発現させることによって、世界で初めてのラット膵管がんモデルを確立した。さらに、このモデルにおいて血清メゾテリンが膵がんの診断マーカーとして有用であることを見いだし、このモデルを膵がん治療薬の開発に用いるべく腫瘍のin vivoイメージングの開発を目指している。(Carcinogenesis. 27: 2497-2510, 2006; Biochem Biophys Res Commun. 390: 636-641, 2009; Cancer Sci. 101: 341-346, 2010, Carcinogenesis, 34: 1251-1259, 2013; Pancrease, 41: 1013-1018, 2013; Pancreas, 42:1034-1039, 2013; PLOS ONE, 10: 1-6, 2014

その4

化学物質の慢性毒性・発がん性の試験の実施にはラットでは104週(2年)の長期にわたる投与が求められており、実施には莫大な費用と長い試験期間が必要である。それに替わる短〜中期試験法として、ラット肝前がん病変のグルタチオン S-トランスフェラーゼ陽性巣(GST-P陽性巣)を判定指標とした8週間検索モデルの開発作製に参画してきた。さらにラットにヒトプロト型c-Ha-rasを導入した乳腺発がん好発トランスジェニックラットを用いた新しい方法を開発している。( Tox. Pathol.35: 436-443, 2007,Toxicol Pathol. 38:182-187, 2010; Carcinogenesis, 21:243-249, 2000

研究背景

1. ナノマテリアル

ナノマテリアルの大きさ

人工的に作製された「少なくとも一次元直径が100nmより小さい」粒子をさす。分かりやすくすれば、直径1nmのナノマテリアル(フラーレンは0.7mm)とサッカーボールとの大きさの差は、おおよそサッカーボールと地球の差になる。(1nm=10億分の1m、10-9m)。

ナノマテリアルの特性

表面積の増加によって単位質量あたりの量子効果(化学反応)が増加することがあげられる 。一定の重量において、ある個体を小さくすれば一個あたりの表面積は小さくなるが、個数が増えるために合計の表面積は増大する(一丁の豆腐を細かく切れば細片の合計表面積は増える)。すなわち、同じ質量(重さ)ならば、表面に露出する原子の割合が増大することになる。従って、ナノマテリアルは単位質量当りの表面積がはるかに大きく、同等の質量を用いたときの化学反応の効率は格段に高くなる。この特性を利用して、化学反応性・材料強度・電気的性質などの効果を飛躍的に増大させることが出来るために、革新的素材として世界中で開発が進められている。

現状では、金属(二酸化チタニウム、酸化亜鉛、銀、アルミニウム)および炭素素材(カーボンブラック、フラーレン、カーボンナノチューブ)等が世界中で市場に出回っている。しかし、安全性の試験法が確立されていないために、肝腎のリスク評価は後追い状態にある。これらの物質は生体内では代謝分解されることが無いために、「異物」として組織、細胞内に沈着蓄積する場合には生体の異物反応を介して毒性・発がん性を発揮する可能性があり、従来の化学物資における場合とは一線を画したリスク評価が必要がある。

二酸化チタニウム電子顕微鏡写真
   
肺胞マクロファージの貪食されたナノサイズ二酸化チタニウムの電子顕微鏡像(多くは凝集体)

肺内の多層カーボンナノチューブ(左)と青石綿(右)肺胞マクロファージの貪食されているが細胞膜を突き破って外に出ているものもある(矢印)。
フラーレン電子顕微鏡写真
フラーレン(C60)
フラーレン(C60)
(国立産業技術総合研究所 阿多誠文先生提供)
MWCNT電子顕微鏡写真
多層カーボンナノユーブ(MWCNT)
多層カーボンナノユーブ(MWCNT)
(産業技術総合研究所 阿多誠文先生提供)
マイクロファージによる多層カーボンナノチューブ、青石綿、二酸化チタニウムの貪食の
   in vitroにおける観察(動画です)

【解説】
ラット肺胞マクロファージによる二酸化チタニウムの貪食。相手は鉱物なので消化出来ないために苦悶の(agonic)マクロファージ。これが問題をおこします。詳しくは業績ページの英文 Xu,J. et al. (2010)を見てください。


【解説】
ラット肺胞マクロファージによる多層カーボンナノチューブの貪食とそれによるマクロファージの損傷。マクロファージががんばって掃除をしているが、中央のものは逆に刺されて破裂した。


【解説】
ラット肺胞マクロファージによる青石綿(クロシドライと)の貪食とそれによるマクロファージの損傷。長い青石綿は処理することが出来ないので、なんとか片方または両方の端に取り付いて、先端を覆った。


2. ラクトフェリン

ラクトフェリンは、ミルク中に存在する鉄結合性の糖タンパク質であり、哺乳類の涙、唾液などに含まれている。これまでの研究により、ラクトフェリンのさまざまな生理機能が明らかにされつつある。とくに、生体防御に重要な役割を果たす物質として、特に感染防御免疫、抗菌、抗ウィルス、抗真菌作用をはじめ、鉄結合能と関連する鉄吸収調節、抗炎症作用、脂質代謝改善作用などの健康の維持増進に有用な作用も分かってきた。私たちの研究室では牛乳から生成されたウシラクトフェリンに動物実験で発がん予防作用のあることから、ヒトの臨床研究を行い(104例)大腸ポリープの進展予防作用を見いだした。現在その機序について、構成するペプチドや誘導されるサイトカインなどについて解析を行っている。

ラクトフェリン

3. 膵管がんの動物モデル

膵管がんは体の奥の方(後腹膜腔)にあることと、初期には症状がほとんど無いために、診断は難しく、診断されたときは既に進行がんの状態にあるのがほとんどである。診断後の5年生存率は5%以下という難治性がんであり、早期診断と治療法の開発は緊急の課題である。当研究室では分子毒性学分野(研究室)との共同研究によって遺伝子改変ラットによるヒトがんモデルの開発に取り組み、ヒトに極めて類似した膵臓がんをわずか10日間で発生させることに成功した。この膵管がんはERC/Mesothelinタンパクを用いて血清診断が可能であることを見出した。さらに早期微小膵臓がんを、動物を生かしたままで診断できるin vivoイメージング法の開発に取り組み、膵管がんの化学療法剤の効果を動物で判定できるモデルの開発を行っている。

Expression of HA-KrasV12 in pancreatic lesion


初期病変PanIN1


膵管がん


Krasトランスジニックラットにおいて、Ad-CAG- Creの膵管内注入によってKrasV12を活性化して発生させた初期病変PanIN1と膵管がん。ヘマトキシリン・エオジン染色標本で丈の高くなったPanIN1(左)には変異K-rasの発現(HAタグによってを赤に発色)の発現がみられる。右の膵管がんでも変異K-rasが発現している。これらの病変はKi67染色(黄緑の発色)で見られるように、細胞増殖の亢進が明らかある。

Tanaka, H.,et al. Mature acinar cells are refractory to carcinoma development by targeted activation of Ras oncogene in adult rats. Cancer Sci. 101; 341-346, 2010. Cancer Sci. 101; 341-346, 2010.(写真は John Wiley & Sons Ltd.の許可による)

4. 発がん物質のin vivo短期検索モデルの開発

通常、環境化学物質の発がん性の評価にはマウスやラットを用いて、75~104週の長期投与試験が実施されているが、結果が出るまでに長い時間と莫大な費用が必要である。そのために試験時間を大幅に短縮させた代替検索法が開発されてきた。名古屋市立大学、国立がんセンター研究所に在籍中に、ラット肝前がん病変のグルタチオン S-トランスフェラーゼ陽性巣を判定指標として8週間で発がん性を予測出来るモデルの開発に従事して来た。名古屋市立大学では、ラットにヒトがん遺伝子を導入した乳腺発がん高感受性プロト型c-Ha-rasトランスジェニックラットを用いた鋭敏な方法を開発して応用研究を行っている。

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