私たちの研究室は、アルツハイマー病発症の分子機構の解明を、主に脳内における脂質代謝変動との関連から解明し、真に有効な予防法・治療法開発につなげる研究に取り組んでいます。また、咀嚼機能低下と認知症との関連、体温と脳内Ab代謝やtau のリン酸化との関連、exosomeとアルツハイマー病分子病態との関連などの研究を行っています。 アルツハイマー病の歴史は、ドイツの精神科医アロイツ・アルツハイマーにより1906年に報告されたことに始まりますが、まだ根本的な治療薬の開発には至っておりません。アルツハイマー病は認知症患者の半数以上を占める疾患であり、超高齢社会を迎えた我が国において増加の一途をたどっています。2013年厚労省研究斑発表では、認知症患者数は462万人、その予備軍は400万人と推計されております。認知症患者の主過半数(60~70%)を占めるアルツハイマー病の予防法と治療法の確立は国民が強く求めるところとなっております。

 

【 基本戦略 】

 

 

 

危険因子ApoEと脳内脂質代謝変動

 

  最も強力な危険因子は、脳内脂質代謝に重要な役割を担っているapolipoprotein E(apoE)の対立遺伝子ε4であることが分かっています。ApoEは脳内脂質代謝にHDL産生とその供給を通して重要な役割を果たしていると考えられていましたが、その作用がapoE3, apoE4で異なること、脳内脂質代謝変動とアルツハイマー病発症機構との関連等について、道川らは18年間に及ぶ研究から多くの発見をし報告してきました。その研究成果に基づいた研究戦略を上図に示します。脳内の脂質代謝、特に細胞膜構成脂質代謝の変化(コレステロール、リン脂質、スフィンゴ脂質などの代謝変動)が、アルツハイマー病の病因分子であるamyloid βタンパク質(Aβ)の産生に影響すると考えられています。その主な理由は、Aβの基質であるAPP、APPを2カ所で切断してAβを産生するβ-secretase, γ-secretaseとも膜タンパク質であるためです。現在、sphingomyelin 合成酵素の発現レベルを変化させ、特異的にsphingomyelinレベルを変化させたときのAβの産生に関する研究を行っており、sphingomyelinレベルがAβ産生に大きく影響するデータを得ていますまた、ApoE-HDLはAβの分解・除去に大きな役割を果たすことが知られています。さらに、細胞膜脂質の構成変動は、Aβ毒性発揮の本態と考えられるAβ重合体形成の場として重要であること、またアルツハイマー病のもう一つの本質的病態であるタウオパチー(神経変性)も脂質代謝に関連するシグナル系との関係と関連することを報告してきました。近年、apoE-HDLはアルツハイマー病原因分子であるAβと結合し、Aβの分解除去に働くことが明らかになり、注目を集めています。また、apoE4を含め、アルツハイマー病と動脈硬化は共通の危険因子(高血圧、糖尿病など)を持つことが知られていますが、その理由や意義はまだよく分かっていません。

 

 

 

血液脳関門とApoE-HDL

 

  当研究室では、ApoE-HDLのAβ分解作用に着目した薬剤開発の他に、ApoE-HDLのBBB形成作用ならびにAβ排出を中心とするBBB機能制御についての研究等を行っています。脳内脂質代謝の面からアルツハイマー病を考える際に研究を難しくしている要因の1つは、血液脳関門(BBB)の存在です。BBBが体循環系と中枢神経系を隔絶させているため、両系の脂質代謝系は独立しており、体循環系で蓄積された脂質代謝に関する知見がそのまま脳内に適応することができないためです。脳内の脂質代謝に関する知的体系は未整備であり、BBBを介した両系のクロストークの詳細も未解明です。アルツハイマー病の危険因子に生活習慣病が関与するとする疫学研究結果があり、注目が集まっておりますが、BBBを介したクロストークの考え方は、1つのアプローチとして重要ではないかと考えています。

 

 

 

Exosomeとアルツハイマー病(ApoE-HDL以外の分泌粒子)

 

  中枢神経系の分泌粒子として、ApoE-HDLがアルツハイマー病分子病態進行・抑制に大きな役割を果たしているとされますが、これとは別の分泌粒子であるexosomeの存在が知られています。当研究室では、アルツハイマー病分子病態におけるexosomeの役割の解明に関する研究を開始しています。密度もサイズも分泌メカニズムも機能もApoE-HDLとは異なる粒子ですが、このexosomeもまた、アルツハイマー病分子病態進行・抑制に何らかの役割を果たすことが示唆されています。

 

 

 

口腔疾患とアルツハイマー病分子病態

 

  更に数年前から、口腔疾患と認知症に関する研究を行っております。咀嚼機能低下・歯の欠損とアルツハイマー病との関連が、複数の疫学研究によって指摘されておりますが、両者を結ぶ因果関係の分子基盤は不明です。当研究室では、咀嚼機能低下を引き起こす2つの病態・原因として、歯の欠損ならびに液状食(キッドダイエット)を取り上げ、これらがアルツハイマー病分子病態および記憶・学習機能へ及ぼす影響を動物モデルを用いて明らかにする研究を進めています。すでに「流動食(soft diet)によって誘導される認知機能低下」に関しては、細胞内シグナル伝達系の変動・海馬神経脱落を来して認知機能障害を誘導することを本年報告しました。しかし、口腔と脳は近距離にあるにもかかわらず、両者をつなぐ病態メカニズムの詳細は不明であり、現在その解明のための研究を行っています。離乳時あるいは老年期において、歯牙欠損やsoft-dietによる咀嚼の低下が誘因となる認知機能障害は、それぞれ脳の発達(小児期)とアルツハイマー病発症(老年期)の予防につながる研究として意義があると考えられます。アルツハイマー病の発症予防や症状緩和に、歯科治療や食生活の改善(咀嚼すること)、咀嚼リハビリテーション等で貢献できる可能性を示せると考えています。