第3号(平成8年4月)

1.年報発刊に寄せて 医学部長 佐々木實

 新しい動物実験施設が稼働し始めて3年になります。この間施設の利用者数や動物の飼育数は年毎に増加し、多くの研究者の要望に答えて、本施設が順調に運営されていることは大変喜ばしいことです。近代的設備と行き届いた管理のもとで計画にそった実験が一つでも多く実を結ぶことを期待しています。
 さて医学部のキャンパスでは、動物実験施設、分子研・RI研究室の建設につづき、本年3月には基礎・臨床の研究棟が完成しました。新研究棟には共同利用施設として、電顕室を含む機器分析室、医学情報管理・教育センターなどがあり、これで基礎、臨床、分子研のすべての研究室がこれ等の最先端設備を備えた中央実験施設と相互に極めて近接した位置に集結したことになり、ここに本学部の21世紀に向けての新たな研究環境が整ったことになります。
 施設の完成後に望まれることは、この環境を生かしたソフト面での体制作りであり、それは学部内での研究の活性化にあると思われます。研究集会、セミナーあるいは業績集を通して相互の研究内容をよりよく理解し高次の共同研究やプロジェクト研究が企画されて、基礎と臨床、形態と機能、生理機能と病態など講座間、系統間の壁を越えた研究のネットワークがあちこちで作られ質の高い研究体制が組まれていくことが望まれます。
 その際動物実験施設をはじめ中央実験施設の果たす役割は益々重要となり、最先端設備、特殊機能を結集した中央施設を利用した実験が質的にも量的にも高まることが予測されます。高度化と専門化そして独創性が求められる今日、新研究棟の完成を契機にして国際的にも高く評価される業績がそのなかから育つことを期待するものです。
 最後になりましたが平成7年にはこの動物実験施設にとって素晴しい朗報がありました。業務士の森 正直さんが名誉ある文部大臣賞に輝きました。森さんの永年にわたる動物実験施設に対するひたすらな努力は本学部教職員の誰しもが認めるところでありますが、そうした努力が報われて今度の受賞となりました。これはこの施設としてもまた本学部としても大変な誇りであり、誠に喜ばしいことです。このことはまたひるがえして言えば動物実験施設から生まれた一つ一つの研究業績のなかにはこうした comedical staff の地道な陰の support があることであり研究者は心してさらなる研究の発展を期したいものです。


2.年報の発刊にあたって 施設長 西野仁雄

 名古屋市立大学医学部動物実験施設年報第3号が発刊されることとなりました。
 1995年度の当施設の利用状況、実験動物に関わる諸活動及び研究業績をまとめたものです。
 本年も当施設を利用して多くの研究が行われ、その成果が論文として発表されました。これは、研究者各位の努力はもちろんでありますが、当施設関係各部局の皆様のご理解とご努力、施設の教職員並びに業務に直接携わっておられる職員の皆様の努力の賜物と心からお礼を申し上げます。
 年報の作製は、施設の利用状況、諸活動、研究成果を整理し、一年間にどれだけの productivity があったかを振り返り、反省するとともに、次年度に対する新しい目標を設定する上で、大変有意義であるといえましょう。また、各研究成果は、実験動物の尊い命の犠牲の上に立ってえられたものであるという自覚と、感謝の念を今一度新たにしていただく上でも重要な意味をもちます。
 特殊病態モデル動物の開発と維持、トランスジェニック動物の利用、ジーンタージェッティングなど、動物実験における技術革新は日進月歩です。そのため、実験動物の管理、維持には細心の注意と高度の技術が要求され、施設のハードウエア及びソフトウエアを常に整備、改新していくことが必要となります。
 一方、社会の動物実験に対する見解には多様なものがあります。各研究者は、何故今この研究なのか、何故本動物実験なのか、すなわち研究に対する自らのスタンドポイントを常に、明確にし、開示する必要がありましょう。
 当施設が開かれた使い易い施設として、大いに運用され成果をあげるとともに、今後の発展に向けて、皆様の一層のご理解とご協力をお願い申し上げます。


3.Trend 「動物を用いた研究の重要性」-酸化防止剤の発癌性と癌予防作用の研究を通して-
 名古屋市立大学医学部第一病理学教室 教授 白井智之  広瀬雅雄

 これまで安全として使用されてきた添加物の中にも発がん性を有するものがあることが動物実験を通して示されてきた。また、発がん抑制作用があると思われてきたものの中には、違った臓器に対しては逆に発がん性があることもまた動物実験を通して分かってきた。このような研究を長年にわたり行って来られた名古屋市立大学第一病理学教室の白井智之、広瀬雅雄両博士に、これまでの研究の成果を概説して戴いた。

1. はじめに
 動物を用いた発がん研究はヒトの環境中にがんを引き起こす物質がありそうであるとの1800年代の疫学的研究成果を実証することから始まった。山極勝三郎および市川厚一両博士の不断の努力の結果なされた世界で初めてのコールタールによるウサギの耳介の皮膚がんの誘発は化学発がん実験の輝かしい1ページを飾っている。現在は全身のほとんどの臓器に目的とする腫瘍をラットやマウスに誘発することができるようになり、また発がん性試験は小動物を対象として行うことになっていて、動物を用いたがん研究はますます盛んになってきている。こうした動物を用いた研究に対して、動物愛護の観点からできるだけ必要最小限に動物を用いること、また動物に代わる実験系を開発することなどが議論の対象になってきている。いくつかの良い in vitro 検査系が確立され、大いに応用されている。本稿では動物を用いた研究の大切な点、また動物を用いなければ解明されない点などを本教室の研究成果を中心に述べ、動物を用いた発がん実験の必要性を述べてみたい。

2.フェノール系酸化防止剤に発がん性
 酸化防止剤は食品、化粧品のみならず多くの工業製品にも添加されているが、植物中にも数多くの酸化防止剤がそれ自体の成分として含まれている。酸化防止剤には突然変異原性はなくまたこれまで発がん性を示唆するデータはなく、安全と信じられてきた。しかし1982年、世界中で使用されていたフェノール系酸化防止剤であるブチルヒドロオキシアニソール (BHA) の再評価のために2年間の発がん性試験を行ったところ、2.0%の濃度でラット前胃に扁平上皮癌を誘発することが明らかになり、大きな反響を呼んだ。その後の我々の研究により、BHA の発がん性は2つある異性体(3-t-BHA と 2-t-BHA)の内 3-t-BHA の発がん性に起因することが判明した。BHA 以外にも発がん性を示すフェノール系酸化防止剤がいくつか見いだされてきた。BHA、カフェ酸1)、セサモール2)、4-メトキシフェノール、カテコール3)、4-メチルカテコール及びヒドロキノンである(表1)。これらの化合物をカテコール及びヒドロキノンは0.8%、他の化合物は2%の濃度で粉末飼料に混じて2年間ラットに与えた結果、雌雄それぞれ BHA 29;35%、カフェ酸50;57%、セサモール10;31%、4-メトキシフェノール20;77%、4-メチルカテコール37;53%に前胃扁平上皮癌、カテコール43;54%, 4-メチルカテコールで47;57%に人の胃に相当する腺胃の腺癌、ヒドロキノンで47;0%に腎腺腫が発生した。さらにカフェ酸では雄ラットの13%に腎腺腫の発生も認められた。その他4-tert-ブチルフェノール、4-tert-ブチルカテコール、3-メトキシカテコールでも1年間の投与で前胃あるいは腺胃に腫瘍が発生しており、発がん性が疑われている。これらの酸化防止剤のいくつかは天然にも存在し、例えばカフェ酸はレタス、じゃがいも、リンゴ、コーヒー豆や大豆などに最大0.1%、セサモールはゴマ(油)、カテコール、ヒドロキノンはタバコ煙 (0.5mg/1本以下)、コーヒー、燻煙や酸化型染毛剤のほか植物中にも含まれており、発がん性の問題になった BHA よりはるかに多くの量がヒトに摂取されていると考えられる。

3. BHA の発がんの容量相関性と動物種差
 BHA によるラット前胃発がんには明瞭な容量相関性があり、発がん量は2%と高濃度に限られ、1%では良性の乳頭腫のみ、さらに0.5%以下では過形成が発生するのみで腫瘍性変化は発現しない。他の前胃に発がん性を示す酸化防止剤はいずれも0.4%以下では腫瘍発生はみられていない。一方、0.8%の投与量で腺胃に発がん性を示すカテコールは0.2%の低用量でも腺腫が発生し、 BHA より強い強い発がん性を有していると言えよう。BHA の発がん性は前胃のある動物に限られ、ラット以外にハムスターやマウスにおける発がん性も知られている。しかし前胃のないモルモット、イヌ、サルでは発がん性、毒性の発現は認められていない。カテコールでは齧歯類以外の実験は行われていない。

4. 酸化防止剤の発がん機構
 上述した酸化防止剤による前胃発がん機構は未だ充分に解明されていないが前胃に発がん標的性のある酸化防止剤は、投与初期に強い DNA 合成を誘導し、c-myc や c-fos の発現を来たすことからいずれも前胃上皮細胞に対し一次的に細胞増殖を発生させ、さらに細胞傷害に基づく再生により細胞増殖が増強される。カテコールの場合は投与直後に潰瘍が発生し、潰瘍端にヒトの  gastritis cystica polyposa に極めて類似した再生性の過形成病変が現われる。この様な強い細胞増殖が長期にわたり持続すると胃上皮の DNA に自然発生的な修復ミス、フリーラジカルによる傷害あるいは酸化防止剤の代謝物による付加体の形成等による transformation が起こり発がんに至ると推測される。BHA および4-メトキシフェノールの場合、SOD、インドメサシンやアスピリンとの同時投与により細胞増殖や細胞傷害が抑制され、さらに in vitro や in vivo では活性酸素の発生も確認されており、プロスタグランジンH合成酵素 に介在された酸化過程で発生するフリーラジカルの関与が強く疑われている。

5. 酸化防止剤による発がんのヒトに対する危険性
 BHA、カフェ酸、セサモール など前胃に発がん標的性のある酸化防止剤の場合、これらはいずれも遺伝子傷害性がなく、発がんには2%の高濃度で1年以上の長期投与が必要で、発がん標的性は前胃に限られている。また、発生した増殖性病変は投与を中止すると退縮する可逆性病変である。ヒトにはラットの前胃に相当する臓器がないこともあり、このような発がん物質のヒトに対する危険性は極めて少ないものと考えられる。一方、カテコールはヒト胃に相当する腺胃に発がん性があり、短期間投与して発生した増殖性病変は投与を中止しても退縮せず、また0.2%の低濃度で長期投与しても腺腫が発生しており、ヒト胃発がんの一つの危険要因となり得よう。

6. 酸化防止剤と亜硝酸による発がん強度の増幅
 種々の二級アミンと亜硝酸を同時に摂取すると胃内で発がん性ニトロソアミンが生成されるが、アスコルビン酸、没食子酸、α-トコフェロールなどの酸化防止剤を同時に加えると胃内のニトロサミン生合成が減少し、癌の発生が抑制されることはすでに知られている。ところが最近アスコルビン酸やヒドロキノン、カテコール4)、没食子酸などのフェノール系酸化防止剤と亜硝酸を同時に与えるとかえってラット前胃に強い細胞増殖が発生し、特に1%のアスコルビン酸と0.3%亜硝酸を同時に1年間与えると53%に乳頭腫の発生することが明らかになった。細胞増殖性と発がん性には強い相関性があり2年間の長期投与では前胃に対する発がん性が強く示唆される5)。ヒトはこれらの化合物を同時に摂取しており、今後同時投与による他臓器への影響も検討する必要があろう。

7. ヘテロサイクリックアミンの発がん性
 肉や魚の焼け焦げ中には極めて強力な突然変異原性を示す物質が含まれていることが1977年国立がんセンターの杉村博士らのグループによって明らかにされ、その原因物質として1986年ヘテロサイクリックアミン(HCA)である Glu-P-1, MeIQ や MeIQx が単離同定された。その後多くのHCAが加熱食品中から分離同定され、さらに発がん性試験の結果、10種類にラットやマウスの肝臓、前胃、大腸、小腸、乳腺、膵臓や膀胱などに発がん性が確認された6,7)。さらに最近 IQ がサルに肝がんを誘発することも見いだされている。発がん性標的臓器として肝臓が最も多いが、加熱食品を摂取した後の尿中に HCA が検出されるなど、ヒト発がんの重要な要因として注目されている8)。とくに PhIP は雄ラットで大腸がんを、雌で乳がんを誘発することから欧米型の代表的腫瘍であるヒト大腸がんや乳がんの発生要因の一つとして強い関心を呼んでいる。

8. 酸化防止剤の発がん修飾作用とくに発がん抑制作用
 一方、酸化防止剤は発がん作用のみでなく、発がんのイニシエーションあるいはプロモーションの時期に、種々の臓器に対して発がんの促進や抑制という相反する修飾作用を示すことも知られており、癌の化学予防剤としての期待もたかまっている。多くの天然あるいは合成の酸化防止剤は発がん物質と同時に(イニシエーション段階)あるいは発がん物質の投与後(プロモーション段階、表2)に与えると種々の臓器に異なった発がん修飾作用を示すことは良く知られている5)。たとえば、合成酸化防止剤である BHT はそれ自身では発がん性を示さないが、プロモーション時期にラットに投与すると食道、膀胱や甲状腺の発がんを促進し、逆に乳腺、大腸発がんを抑制する。また、BHA は ベンゾピレンのマウス前胃に対するイニシエーション作用を抑えるが、メチルニトロソウレア (MNU) や 3,2'-ジメチル-4-アミノジフェニール (DMAB) のラット前胃や膀胱に対するイニシエーション作用は促進させる。ヒト癌の一次予防を考慮した場合発がんの危険性を除去することも必要であるが、発がんを抑制する物質を積極的に摂取することはさらに重要である。前述したごとく我々の環境中には数多くの発がん物質が見出されており、中でも加熱食品中に含まれているヘテロサイクリックアミン(HCA)の発がん性を軽減することはヒトがん予防の観点から極めて重要な課題である。最近酸化防止剤の中で茶カテキンのように腫瘍の増殖を抑制させる物質や1-o-2,3,5-トリメチルヒドロキノン(HTHQ)のように焼け焦げ中の発がん物質であるヘテロサイクリックアミンの発がん性を特異的に強力に抑制する物質などが見い出されてきている。

9. 酸化防止剤によるHCAの発がん抑制

9-1. Glu-P-1 肝発がんの抑制
 肝発がん物質検索のための中期発がん試験法を応用して種々の酸化防止剤の Glu-P-1 肝発がんに対する抑制効果を検討した8)。実験は F344 系雄ラットにイニシエーターとしてジエチルニトロソアミンを腹腔内投与し、その2週後から300 ppm Glu-P-1 単独、あるいは Glu-P-1 と同時に1.0% HTHQ、1.0%茶カテキン(GTC)、1.0% α-トコフェロール、0.1% α-カロテン、あるいは0.1%フェニルエチルイソチアネイト(PEITC)を混餌投与した。Glu-P-1 を投与しない基礎食のみの対象も設けた。投与1週後に部分肝切除を行い、8週で動物を屠殺し前癌病変である グルタチオンSトランスフェラーゼ胎盤型(GSTーP)陽性細胞巣を測定した。その結果、単位面積当たりの GST-P 陽性細胞巣の数および面積は Glu-P-1 単独群でそれぞれ47個/cm2、12ACと対照の3.9、0.4に対して著しく増加したが、いずれの酸化防止剤の投与でも有意に減少し、特にHTHQ では8.1、0.6と対照レベル程度まで減少した。したがってこれらの酸化防止剤は Glu-P-1 による肝がんの発生を強く抑制することが示唆された。

9-2. PhIP 乳腺発がんの抑制
 次に、ラット乳腺、大腸、小腸などに発がん性のある PhIP に対する発がん抑制作用を検討する目的で、各群20-21匹のF344系雌ラットに 300 ppm PhIP 単独、PhIPと同時に 0.5% HTHQ、 1.0% α-トコフェロール、1.0% GTC あるいは基礎食のみを与え52週で屠殺した。その結果、乳腺腺癌は PhIP 単独群で8例(40%)に達したが、HTHQ の同時投与群では52週目にはじめて1例(5%)発生したのみであった。他の酸化防止剤でも抑制傾向がみられた。従って HTHQ は PhIP の乳腺発がんをも明瞭に抑制することが明らかとなった9)。

9-3. 新しい酸化防止剤 HTHQ の抗酸化作用と抗変異原性作用
 抗酸化作用の強力なものを追究した中で HTHQ および既知の酸化防止剤の抗酸化能を、肝ミクロゾーム脂質を NADPH の存在下で鉄と ADP で酸化し、その抑制能を生成されたマロンジアルデヒドを指標に比較した結果、HTHQ では1 μMで 99%以上の抑制率が得られたのに対して BHA では同じ濃度で35%、BHA 14%、プロピルガレート 29%、α-トコフェロールでは100 μMで11%と HTHQ で最も強い酸化防止剤能が示された10)。HTHQ の8種の HCA に対する抗変異原性を S9mix の存在下エイムス試験で検討した結果、 HTHQ は 10 μg/plate の濃度で Glu-P-1、Glu-P-2、PhIP、IQ、MeIQ、MeIQx、Trp-P-1、Trp-P-2 による His+ revertant の発生数をそれぞれ92%、99%、79%、92%、86%、95%、73%、40%抑制し、いずれの HCA に対しても強い抗変異原性のあることが明らかとなった。また、Glu-P-1 に対する抗変異原性を BHA、BHT、プロピルガレート、TBHQ と比較すると、これらの抑制率はいずれも15-70%程度であり HTHQ よりはるかに低かった11)。

9-4. HTHQ の発がん抑制機構
 酸化防止剤の発がん抑制機構として一般的にラジカルあるいは活性体の捕捉、代謝活性化の阻害、解毒機構の活性化などがあげられる。そこでまず、Glu-P-1 と S9 mix をインキュベートすることにより Glu-P-1 の活性体を作り、S9 mix の非存在下エイムス試験で HTHQ の抗変異原性を検討すると、10 μg/plate で31%、20 μgで54% His+ revertants の発生を抑制した。一方、Glu-P-1と S9 mix による活性体の生成は、HTHQ を加えるとほぼ完全に消失した。従って、HTHQの発がん抑制機構は、主に HCA の代謝活性化の阻害であるが、活性体の捕捉も関与していると考えられる11)。

10. おわりに
 酸化防止剤の発がん性および発がん修飾作用について我々の教室のデータを中心にして述べてきた。がんは遺伝子の異常によって起こってくるものであることが、近年の分子病理学的研究から明らかとなり、しかも多種のがん関連遺伝子の異常が必要であることも疑う余地が無くなってきている。本来突然変異性のない物質も動物に投与することによってある特定の臓器に腫瘍を誘発することが多くの事例で明らかとなっている。逆にサルモネラ菌を利用した突然変異性が強いにもかかわらず、発がん性が証明されない物質も見出されている。発がん過程は多段階からなっており、実際にある物質が体内に取り込まれ、吸収、代謝過程を経て、最終的に細胞の DNA をはじめとする分子を修飾した結果発生してくるものである。これらの複雑な過程のゆえに発がん率が動物種差、性差、年齢差あるいは臓器特異的となってくる。これらの現象は到底 in vitro では見いだせない。
 最近フィンランド、中国、アメリカで行われたがんの化学予防の4件の human trials でβ−カロテンが肺癌の危険率を増加させるあるいは効果がないと判定され、急遽 trial が中止になったりと化学予防に対する見直しが話題になっている。これは実験的にはっきりと化学予防の効果が見出されたにも関わらず、ヒトでは副作用としての逆効果が出てしまったわけである。しかし、ヒトと実験動物の種差として片づけるられない問題を含んでいる。通常化学予防の実験は目的とする臓器の1つあるいは2つに限定したものがほとんどであり、全身の諸臓器を対象とした総合的な効果として検討した仕事が少ないからである。前述したように、ある臓器では明らかな発がん抑制作用を示す物質も他の臓器の発がんを促進することは我々の研究からも明らかである。つまり、ヒトの状況を充分に考慮した動物実験がなされていなかったとも言えよう。あまりにも  human trial が性急過ぎたという反省と、また化学予防の動物実験においても目的に反するデータも積極的に発表していく姿勢が大切である。
 発がんという研究の一側面から動物を使った研究の重要性をのべた。私たち研究に携わるものはその重要性ゆえに実験に供される動物の命の尊さを改めて考える必要があろう。

参考文献
1. Hagiwara, A. et al., Forestomach and kidney carcinogenicity of caffeic acid in F344 rats and C57BL/6NxC3H/HeN F1 mice. Cancer Res., 51:5655-5660, 1991

2. Tamano, S. et al., Forestomach neoplasm induction in F344/DuCrj Rats and B6C3F1mice exposed to sesamol. Jpn. J. Cancer Res., 83:1279-1285, 1992.

3. Hirose, M. et al., Carcinogenicity of catechol in F344 rats and B6C3F1 mice. Carcinogenesis, 14:525-529, 1993

4. Hirose, M. et al., Effects of sodium nitrite and catechol, 3-methoxy-catechol, or butylated hydroxyanisole in combination in a rat multiorgan carcinogenesis model. Cancer Res., 53:32-37, 1993

5. Ito, N. et al., Carcinogenicity and modification of cacinogenic response by plant phenols. In: Phenolic Compounds in Food and Their Effects on Heaith   (ed. by Huang M.-T. Ho, C.-T. and Lee, C.-Y.), Am. Chem. Soc., Washington D.C., pp269-281, 1992

6. Ito, N. et al., A new colon and mammary carcinogen in cooked food, 2-amino-1-methyl-6-phenylimidazo[4,5-b]pyridine (PhIP). Carcinogenesis, 12:1503-1506, 1991

7. Wakabayashi, K. et al., Food-derived mutagens and carcinogens. Cancer Res., 52: 2092s-2098s, 1992

8. Hirose, M. et al., Strong inhibition of 2-amino-6-methyldipyrido[1,2-a:3', 2'-d]- imidazole-induced mutagenesis and hepatocarcinigenesis by 1-o-hexyl-2,3,5-trimethylhydroquinone. Jpn. J. Cancer Res., 84:481-484, 1993.

9. Hirose, M. et al., Chemoprevention of 2-amino-1-methyl-6-phenylimidazo-[4,5-b] pyridine (PhIP)-induced mammary gland carcinogenesis by antioxidants in F344 female rats. Carcinogenesis, 16:217-221, 1994

10. Nihro, Y., et al., Synthesis and anti lipid-peroxidation activity of hydroquinone monoalkyl ethers. Chem. Pharm. Bull., 42:576-579, 1994.

11. Hirose, M. et al., Strong anti-mutagenic activity of the novel lipophilic antioxidant1-o-hexyl-2,3,5-trimethylhydroquinone against heterocyclic amine-induced mutagenesis in the Ames assay and its effects on metabolic activation of 2-amino-6-methyldipyrido[1,2-a:3',2'-d]imidazole (Glu-P-1). Carcinogenesis, 16:2227-2232, 1995


4. 利用状況

(1)各講座月別登録者数
(2)年間月別搬入動物数(SPF、コンベ)
(3)各講座月別搬入動物数
(4)各講座月別延日数飼育動物数
(5) 月別各種動物ケージ占有率


5.沿革

昭和25年4月 名古屋市立大学設置
昭和45年3月 医学部実験動物共同飼育施設本館完成[昭和45年5月開館]
昭和54年3月 医学部実験動物共同飼育施設分室完成[昭和54年7月開館]
昭和55年3月 医学部実験動物共同飼育施設別棟完成[昭和54年7月開館]
昭和55年4月 第一病理学講座 伊東信行教授が初代施設長に就任
平成元年4月 医学部動物実験施設に名称を変更
平成3年4月 小児科学講座 和田義郎教授が第二代施設長に就任
平成3年5月 新動物実験施設改築工事起工
平成4年11月 新動物実験施設完成
平成4年12月 安居院高志助教授が施設主任に就任
平成5年3月 新動物実験施設開所式
平成5年4月 第二生理学講座 西野仁雄教授が第三代施設長に就任
平成5年5月 新動物実験施設開所


6.構成

施設長 西野仁雄(第2生理学教授、併任)

施設主任(助教授) 安居院高志

業務士 森 正直、西尾政幸

大学院生 沈 吉燼

研究員 鄭 且均、権 志暎、杢野容子

飼育委託 株式会社ケー・エー・シー

ビル管理委託 日本空調システム


7.平成7年 行事

1月10日  施設合同新年会

1月12日  平成6年度第8回講習会

2月 2日  施設主催講演会

 理化学研究所ライフサイエンス筑波研究センターゲノム科学研究室
 主任研究員 林崎良英 先生
 「新世代ゲノムスキャニング法の開発と機能遺伝子探索」

2月17日  平成6年度第9回講習会

3月25-27日 施設合同スキー旅行(長野県蓼科高原)

3月29日  平成6年度第9回講習会

4月17日  平成7年度第1回講習会

4月24日  施設合同歓送迎会

4月27日  平成7年度第1回運営委員会

5月10日  平成7年度第1回運営協議会

5月12日  平成7年度第2回講習会

6月 4日  平成7年度公私立実験動物施設協議会総会(横浜市、安居院出席)

6月22日  平成7年度第3回講習会

7月24日  平成7年度第4回講習会

7月25-27日 施設合同キャンプ(三重県志摩町)

8月30日  平成7年度第5回講習会

9月19日  平成7年度第6回講習会

9月26日  実験動物感謝式

10月10日  施設合同登山(滋賀県伊吹山)

10月26日  平成7年度第7回講習会

11月 1日  平成7年度第2回運営委員会

1月22日  平成7年度第8回講習会

12月 1日  施設合同忘年会
 兼森 正直氏医学教育等関係業務功労者表彰祝賀会

12月11日  平成7年度第3回運営委員会

12月12日  平成7年度第9回講習会


8.研究成果

  名古屋市立大医学部動物実験施設を使用し得られた研究成果のうち、1995年中に公表された論文をまとめた。ここには原著のみを掲載し、総説、症例報告、学会抄録等は割愛した。


9.編集後記

 名古屋市立大学医学部動物実験施設年報第3号を発刊することができました。本号よりA4版とし、飼育統計データやカラー写真も加えました。予算の乏しい中で緊縮型の創刊号を発刊した時から比べると大分体裁が整ってきたと思っています。また研究業績欄には、これまでのように研究出版物を単に羅列するだけではなく、各講座等に研究成果や現在進行中の研究について概説して戴きました。このことによって当施設を使用して得られた業績が一段と分かりやすくなり、学内外での共同研究等が活発になることを期待しています。
 施設の運営面では、一部の動物(ラット等)はほぼ満杯状態となり、いかに効率よく飼育していくかということが新たな問題となってきています。また夏にはラット蟯虫感染が発覚し、現時点(平成8年5月)でも完全にクリーニングされておらずその作業に多大の労力を割かれている状態です。更に施設運用開始から3年が経過し、早くも種々の機器類に散発的に故障が見え始め、今後これらの対処にも経済的、労力的な面から問題が増加してくることが予想されます。今後とも学内外の関係者の方々の御協力を得て、引き続き当施設を健全に運営していきたいと思っています。

(安居院)