年報第25号(2018年11月)

1.挨拶 医学研究科長 道川 誠

 動物モデルを使用する主要な目的は、疾患におけるある特定の病態や症状を適度な時間ならびに空間スケールで再現し、原因や機序の解明、予防・治療法開発に役立てることである。時間スケールが大きければ検証に要する時間がかかり研究には困難を伴う(例えばサルでの加齢研究)。空間スケールが大きければ実験スペースの不足や、扱いの困難さが問題となる(サル、ブタ、ウサギなど)。一方で、疾患の原因や機序の解明に役立てようとすれば、なるべくヒトに近い動物(できればほ乳類)が望ましい。以上のような条件が折り合う形でマウスやラットが疾患モデル動物として頻繁に使用されている。しかし、扱い易さや時間スケールメリットなどから、ショウジョウバエ、線虫、ゼブラフィッシュなど、それぞれの研究・解析目的に合わせたモデルも使われている。1980年代〜90年代にかけては、培養細胞モデルが頻繁に使用された。現在でも分子間の相互作用やメカニズム解明には、重要な手段であることに変わりはないが、近年、多くのトップジャーナルの論文採択には、動物における検証が必要になっている。
こうした状況の背景には、近年の遺伝子組み換え技術の飛躍的な進化がある。目的とする分子の生体内での機能解析や仮説の検証が、標的とする分子の発現を調節できる動物レベルで可能になっていることがあるだろう。また、ヒトでの検証、疾患治療への応用、あるいは薬剤などの実用化には、実験動物での検証が必要となっているという状況もある。
しかし、動物モデルといっても(あるいはそうであるが故に)、対象とする疾患の病態の全体を再現できないのも事実である。これに対しては、必ずしも疾患病態の全体を再現させる必要はなく(モデルたる所以)、何を検証するためのモデルかを常に意識しておけばよいのだろと思う。検証したい目的からモデルを選択すればよいだけの話だ。より根本的には、動物という複雑系を使った検証は、要素に還元して単純化して分析するというサイエンスの特徴と強みを犠牲にした解析系であることに留意すべきである。従って、データの解釈にも慎重さが求められる。また、仮説の検証やメカニズム解明のためのモデルを使った研究が、かえって新たな疑問―しかもモデルマウス故に生じる疑問(遺伝子操作によるアーチファクトなど)―を起こさせるような事態は、本来のモデル使用の趣旨からいって本末転倒ともなりかねない。動物実験をする際には、こうした要因も考慮しながらデータの解釈にも慎重でありたい。動物愛護の精神や倫理に留意しながら、研究成果を必ず論文として発表するという深い思いが必要である。それが動物への感謝のあらわれでもある。

そもそも科学的解析手法の基本は、複雑に相互に関係する自然体系を、原因と結果(因果関係)が明確に解析できるレベルまで単純化させる方法を用いることであり、それによって自然を理解しようとする手法である。生物医学系においても、この手法は有効であり、in vitroでの解析が効力を発揮してきたといってよい。しかし、問題は、要素還元的に得られた知見を再統合しても現実に起こる現象を再現できない(確認できない)ということである。もちろんロケット開発のように物理原理が比較的そのまま現実に応用できてしまう学問領域もあるが、生物学では複雑性が桁違いに大きいのだ。科学研究で得られた知見を人類や社会に還元することが求められている現在、この科学の方法論の弱点を乗り越えるべく複雑系での解析、すなわち動物実験が必要になってきた(多くの場合途中はブラックボックスとなる弊害はあるが)。それは、科学的解析の持つ利点を本質的に失う欠点を持っているものの、現実の複雑系〜個体レベルでの効果を観察するために必要な方法となったのである。すでに科学技術の進歩から得られる情報が、国家戦略や経済に莫大な富をもたらす時代に突入しているためであり、in vivoでの検証が、ヒトへの応用への前段階として必要になっているためである。今後、スパーコンピュータの性能がさらに増し、要素還元的な解析結果の情報が蓄積され、多くの条件設定が可能になるに従って、おそらく動物で検証する必要度が低くなる時代が来ると私は考えている(例えば、現在の気象予報の精度の向上)。それまでは、動物にお世話になる以外にない。


2.ご挨拶 センター長 大石 久史

 本学に着任し、はや2年が過ぎようとしています。昨年度も、大きなトラブルを起こすことなく無事センター運営をできましたことは、利用者の皆様をはじめ,医学研究科をはじめ本学の関係の皆様のご協力並びにご支援の賜物です。ここに厚く御礼を申し上げます。
 今年度4月より、本センターは、全学実験動物センターの一つとして、医学のみならず大学全体の動物実験の中心として生まれ変わりました。本学で実施する動物実験の効率化及び円滑化を図り、学術研究の進展に寄与することを目的としています。また、全学的な動物実験に係る支援・相談や情報共有、そして動物実験に係る設備等の導入・維持に係る全学的な整理等を行っています。平成28年度は、2件のノックアウトマウスと1件のトランスジェニックマウス作製を含む計39件の技術支援を行ないました。今後も引き続き、系統の凍結保存や、胚移植、体外移植等を通じて、効率的なセンター運用に貢献するとともに、CRISPR/Cas9法による遺伝子改変マウス・ラットの安定的な供給に努めて行きたいと考えています。今年度は、達成出来ませんでしたが、来年の年報では、ノックイン、コンディショナルノックアウトのご報告が出来るよう努力してまいります。そして今年度から、 X線照射装置と個別換気ケージシステム(IVC)の運用が始まっています。骨髄移植や免疫不全マウスを使った実験がより安全に実施できるようになっておりますので、是非ご活用ください。
 一方で、今年度5月に、長い間縁の下の力持ちとして、長い間センターを支えて下さってきた宮本衛生技師が退職して、皆様には大変ご迷惑をおかけしました。幸い10月より後任が来て頂ける見込みです。5月より赴任しております助教のHossam Shawki共々、更に利用者の目線に立ったセンター運営を行っていく所存です。
 最後に、この場をお借りして、老朽化の目立つ設備に日夜対応して頂いている日本空調システム株式会社の谷本リーダーほか皆様、また丁寧に動物を管理して下さっている株式会社ラボテックの福井リーダーほか皆様、 センター全般にわたってお世話になっている日比衛生技師、脇本施設管理員ほか職員の皆様に、心より感謝申し上げます。今年度、センター開所25周年を迎えましたが、これから新たな段階に向かって精進致します。私ども関係者一同、適正な動物実験の実施のために、 一層の努力をしていく所存です。今後とも、ご指導ご鞭撻の程、どうぞよろしくお願い申し上げます。


3. 利用状況

(1)各分野月別登録者数
(2)年間月別搬入動物数(SPF、コンベ)
(3)各分野月別搬入動物数
●マウス
●ラット
●ウサギ
●ハムスター、モルモット
(4)各分野月別延日数飼育動物数
●マウス
●ラット
●ウサギ
●ハムスター、モルモット、マーモセット


4.沿革

昭和25年  4月 名古屋市立大学設置
昭和45年  3月 医学部実験動物共同飼育施設本館完成[昭和45年5月開館]
昭和54年  3月 医学部実験動物共同飼育施設分室完成[昭和54年7月開館]
昭和55年  3月 医学部実験動物共同飼育施設別棟完成[昭和54年7月開館]
昭和55年  4月 第一病理学講座 伊東信行教授が初代施設長に就任
平成  元年 4月 医学部動物実験施設に名称を変更
平成  3年  4月 小児科学講座 和田義郎教授が第二代施設長に就任
平成  3年  5月 新動物実験施設改築工事起工
平成  4年11月 新動物実験施設完成
平成  4年12月 安居院高志助教授が施設主任に就任
平成  5年  3月 新動物実験施設開所式
平成  5年  4月 第二生理学講座 西野仁雄教授が第三代施設長に就任
平成  5年  5月 新動物実験施設開所
平成  9年  4月 第一病理学講座 白井智之教授が第四代施設長に就任
平成  9年  5月  医学部実験動物研究教育センターに名称を変更
平成14年  4月 医学研究科実験動物研究教育センターに名称を変更
平成14年  9月 安居院高志助教授が北海道大学教授として転出
平成15年  4月 宿主・寄生体関係学 太田伸生教授が第五代センター長に就任
平成15年  4月 三好一郎助教授がセンター主任に就任
平成17年  4月 実験病態病理学 白井智之教授が第六代センター長に就任
平成19年  4月 生物化学 横山信治教授が第七代センター長に就任
平成20年12月 病態モデル医学 三好一郎教授が第八代センター長に就任
平成27年  3月 三好一郎教授が東北大学教授として転出
平成27年  3月 実験病態病理学 高橋智教授が第九代センター長に就任
平成28年11月 病態モデル医学 大石久史教授が第十代センター長に就任


5.構成

センター長 大石久史(併任、病態モデル医学分野 教授)
衛生技師 宮本智美
施設管理員 脇本幸夫 
飼育委託 株式会社ラボテック
ビル管理委託 日本空調システム株式会社


6.2017年度 行事

2017年  4月13日  2017年度 第1回動物実験規程講習会
2017年  5月10日  2017年度 第2回動物実験規程講習会
2017年  6月  5日  2017年度 第1回動物実験委員会
2017年  6月20日  2017年度 第1回運営委員会
2017年  7月  4日  2017年度 第1回運営協議会
2017年  7月13日  2017年度 第3回動物実験規程講習会
2017年  7月25日  2017年度 第4回動物実験規程講習会(基礎自主研修)
2017年  9月  5日  2017年度 第5回動物実験規程講習会
2017年  9月26日 実験動物感謝式
2017年10月27日  2017年度 第6回動物実験規程講習会
2017年11月30日  2017年度 第7回動物実験規程講習会
2018年  1月17日  2017年度 第8回動物実験規程講習会
2018年  2月  9日  2017年度 第9回動物実験規程講習会


7.研究成果

 名古屋市立大学大学院医学研究科実験動物研究教育センターを使用し得られた研究成果のうち、2017年中に公表された論文をまとめた。ここには原著のみを掲載し、総説、症例報告、学会抄録等は割愛した。