研究・技術レポート

研究レポート:論文
[公開日:2012年2月13日]

No.15 頭頸部扁平上皮癌における葉酸摂取の予後への影響
Annals of Oncology 23(1):186-92 (2012) 耳鼻咽喉科・頭頸部外科 大学院生
愛知県がんセンター研究所 疫学・予防部 リサーチレジデント
川北 大介

研究内容

背景

頭頸部とは顔面から頸部までの総称で、口腔・咽頭・喉頭・唾液腺・鼻副鼻腔などを含みます。その部位にできた癌を頭頸部癌と称し、全世界で年間50万人以上が発症する6番目に多い癌腫です。約9割の組織型が扁平上皮癌であるのも特徴です。頭頸部癌の約6割が進行した状態で発見されるため、化学療法や放射線治療、手術治療など様々な方法を組み合わせて治療しても予後は不良です。予後要因として原発部位・臨床病期分類・併存症が報告されていますが、それら以外の要因は明らかにされていません。今回我々が注目したのは水溶性ビタミンB群の1つである葉酸です。葉酸は体内合成できないため柑橘類、緑黄色野菜、豆類などの食品から摂取しなければなりません。葉酸はDNA合成、DNAメチル化に関わっており、摂取量低下が今までの疫学研究によって頭頸部癌を含めた様々な癌の罹患要因となることが知られています。また葉酸代謝酵素であるMethylenetetrahydrofolate reductase (MTHFR)やThymidyrate synthase (TYMS)の遺伝子多型と頭頸部癌罹患との関係を示唆した報告もあります。しかし、これらの要因の予後への影響はまだ明らかにされていません。今回我々は、治療前葉酸摂取量と葉酸代謝酵素遺伝子多型の予後への影響を検討する後ろ向きコホート研究を実施しました。

方法

愛知県がんセンターにて行っている病院疫学研究であるHospital-based Epidemiologic Research Program at Aichi Cancer Center (HERPACC) データーベースより抽出した頭頸部扁平上皮癌患者437人を対象としました。治療前葉酸摂取量に関しては、自記式生活質問票に含まれている半定量的食物摂取頻度調査票より推定しました。採血に同意の得られた277人に対してMTHFR C677T (Single Nucleotide Polymorphism Database (dbSNP) ID, rs180113)とTYMS 3'非翻訳領域の6-bp insertion/deletion遺伝子多型 (dbSNP ID, rs16430)をTaqman法を用いて調べました。生存解析にはKaplan-Meier法ならびCox比例ハザードモデルを用い、ハザード比は年齢、性別、身体活動度、臨床病期、原発部位、喫煙、飲酒、治療法、カロリー摂取量、ビタミンサプリメント使用の有無を調節しました。

結果

治療前葉酸摂取量の多い患者(320μg/日以上)は少ない患者(320μg/日未満)と比較して有意に良好な生存を示しました(5年全生存率: 79.1% vs 68.2%, P=0.020; 5年無病生存率: 62.5% vs 52.7%, P= 0.041)。この関係は既知の予後要因などを調整した多変量解析(全生存)でも同様の結果でした(ハザード比= 0.56; 95%信頼区間: 0.37-0.84, P=0.006)。また無病生存における多変量解析でも同様の結果でした(ハザード比= 0.67; 95%信頼区間: 0.48-0.93, P=0.015)。しかしながら、MTHFRTYMS遺伝子多型は予後への有意な影響を認めませんでした。そして、治療前葉酸摂取量とMTHFRTYMS遺伝子多型の間には有意な交互作用は認めなかったため、治療前葉酸摂取量は独立した予後要因であると考えました。

考察

本研究において治療前葉酸摂取量が頭頸部扁平上皮癌患者の予後へ影響する可能性が示唆されました。介在するメカニズムに関しては既存の報告より以下の事象の関与が考えられます。1番目は、葉酸の低摂取によりDNAメチル化過程に変化が起こり、がん遺伝子の活性化と染色体の不安定化、がん抑制遺伝子の転写サイレンシングが起こるためと考えられます。2番目はDNA前駆物質の不安定化が起こるため、3番目は葉酸の高摂取により頭頸部がん治療におけるkey drugであるフッ化ピリミジンの抗腫瘍効果を増強する可能性が示唆されます。潜在的なメカニズムを解明するためにさらなる研究が求められます。本研究の利点としては、生殖細胞系遺伝子多型と治療前葉酸摂取量を検討しているため曝露と結果は経時的であることや既知の予後要因が調整されていることがいえます。また限界としては食物摂取頻度調査票による推定値と実摂取量との相関が必ずしも高くないこと(相関係数: 男性, 0.36; 女性, 0.34)、葉酸が既知あるいは未知の予後要因の代替指標である可能性があること、診断後の葉酸摂取量の変化に関して考慮できていないことが挙げられます。

結論

本研究において、治療前葉酸摂取量は頭頸部扁平上皮癌患者において独立した予後要因である可能性が示唆されました。また、葉酸代謝酵素遺伝子多型は予後への有意な影響を示しませんでした。これらの結果を検証するために、さらなる大規模な前向き研究が必要と考えます。

図の説明

図1, 生存曲線

図1, 生存曲線
※拡大図をご覧になるには画像をクリックしてください。

図1: Kaplan-Meier生存曲線です。葉酸摂取量320μg/日で比較を行うと、全生存でも無病生存においても有意に高摂取群が良好な成績です。

図2, 多変量解析-全生存

図2, 多変量解析-全生存
※拡大図をご覧になるには画像をクリックしてください。

図2: Cox比例ハザードモデルを用いた解析です。葉酸摂取量に関して、単変量・多変量ともに有意なハザード比の低下を認めます。葉酸代謝酵素遺伝子多型では有意な関係を認めませんでした。無病生存でも同様の結果でした。また葉酸摂取と2つの多型の間に統計学的に有意な交互作用は認めませんでした。

論文掲載情報

Kawakita D, Matsuo K, Sato F, Oze I, Hosono S, Ito H, Watanabe M, Yatabe Y, Hanai N, Hasegawa Y, Tajima K, Murakami S, Tanaka H.
" Association between dietary folate intake and clinical outcome in head and neck squamous cell carcinoma. "
Ann Oncol. 2012 Jan;23(1):186-92.

研究者 プロフィール

耳鼻咽喉科・頭頸部外科 大学院生 愛知県がんセンター研究所 疫学・予防部 リサーチレジデント 川北 大介
耳鼻咽喉科・頭頸部外科 大学院生
愛知県がんセンター研究所
疫学・予防部 リサーチレジデント
川北 大介

略歴とコメント

2003年 名古屋市立大学医学部を卒業、豊橋市民病院研修医・耳鼻咽喉科専攻医、愛知県がんセンター中央病院頭頸部外科レジデントを経て2010年より愛知県がんセンター研究所 疫学・予防部リサーチレジデント。愛知県がんセンターにて良き指導者・同志に恵まれ、レベルの高い研究生活を過ごしている。今後の目標としては現在学んでいる疫学的手法を使用して、頭頸部がんにおける新たな罹患・予後要因の検討を行い、それに対する介入研究を行っていきたい。

他の論文業績

Kawakita D, Hosono S, Ito H, Oze I, Watanabe M, Hanai N, Hasegawa Y, Tajima K,
Murakami S, Tanaka H, Matsuo K.
" Impact of smoking status on clinical outcome in oral cavity cancer patients. "
Oral Oncology. Epub ahead of print.
Kawakita D, Sato F, Hosono S, Ito H, Oze I, Watanabe M, Hanai N, Hatooka S, Hasegawa Y, Shinoda M, Tajima K, Murakami S, Tanaka H, Matsuo K.
" Inverse association between yoghurt intake and upper aerodigestive tract cancer risk in a Japanese population. "
European Journal of Cancer Prevention. Epub ahead of print.

受賞履歴

  • 平成23年度 予防医学研究海外研修奨学助成金: 甕哲司賞受賞
  • 平成24年度 奥谷賞受賞