研究・技術レポート

研究レポート:論文
[公開日:2011年9月20日]

No.14 マウス成体脳内を移動する神経前駆細胞におけるDiversinの発現と機能
Stem Cells 28: 2017-2026 (2010) 元 整形外科学分野大学院生 池田 麻記子

研究内容

脊髄などの中枢神経系の修復は不可能だとされてきましたが、脳梗塞などの脳損傷モデルにおいて神経幹細胞から新しいニューロンが供給されて神経の再生が起こることが報告され、損傷した中枢神経の修復に内在性の神経幹細胞が利用できるのではないかと期待されています。神経幹細胞による神経新生の実現化のためには、神経幹細胞の安全性の確立や神経再生の効率化という課題があり、神経幹細胞や神経前駆細胞、新生ニューロンの増殖や分化・移動のメカニズムが詳細に解明される必要があります。

近年、神経幹細胞と神経前駆細胞の増殖にWntシグナルが関与していることが報告されました。Wntシグナルの主な2つのシグナル経路であるWnt/βカテニン経路とWnt/PCP経路の2つの経路は、それぞれ脳室下帯においてβカテニン経路が神経幹細胞と一過性増殖細胞の増殖を促進し、PCP経路は胎生期の神経前駆細胞の増殖に関与している事が知られています。本研究では、このWntシグナルの新規構成因子であるDiversinに着目しました。Diversinは3つのドメインで構成されるタンパク質で、Wnt/βカテニン経路において、βカテニンの分解を促進しシグナル伝達を抑制しています。一方、Wnt/PCP経路においては、Diversinはシグナルの活性化を引き起こします。Diversinは胎生期の海馬や脳室下帯、RMSなどに発現している事が報告されており、神経新生への関与が示唆されていましたが、その成体脳での発現や機能は明らかになっていませんでした。

本研究では、成体と幼若期の脳において脳室下帯の新生ニューロンと嗅球の成熟ニューロンのほぼすべてにDiversinが発現している事を明らかにしました。さらにDiversinの脳室下帯における機能をレトロウィルスを用いた脳室下帯への遺伝子導入によって検討しました。まず、Diversin過発現では脳室下帯の神経前駆細胞が減少し、新生ニューロンが増加する事を明らかにしました。さらに嗅球へ到達した新生ニューロンが増加した事から新生ニューロンの増殖促進の可能性について検討し、Diversinが新生ニューロンの増殖を促進する事を明らかにしました。PCP経路を活性化しない部分欠損変異型のDiversinは新生ニューロン増殖を促進しない事から、Diversinの下流ではPCP経路が作用している可能性が示唆されました。最後に、RNA干渉法をもちいたDiversinのノックダウンでは新生ニューロンの増殖が抑制された事から、Diversinは新生ニューロンの増殖に重要な生理的機能を果たしていると結論づけました。

脳傷害後に、脳室下帯から新生ニューロンが傷害部位へと移動し、失われたニューロンの一部を再生することが報告されており、またその時、傷害部位へ移動する過程では新生ニューロンの増殖が促進されていることが近年報告されていることから、新生ニューロンの増殖のコントロールは中枢神経系の神経再生には重要であると考えられます。新生ニューロンの増殖制御の分子メカニズムについてはほとんど報告がありませんが、このメカニズムの一部を本研究では解明しています。

図の説明

細胞分裂中の新生ニューロンでWnt/PCP経路下流のJNKの活性化が認められた。

細胞分裂中の新生ニューロンでWnt/PCP経路下流のJNKの活性化が認められた

論文掲載情報

Ikeda M, Hirota Y, Sakaguchi M, Yamada O, Kida YS, Ogura T, Otsuka T, Okano H, Sawamoto K.
Expression and proliferation-promoting role of Diversin in the neuronally committed precursor cells migrating in the adult mouse brain.
Stem Cells 28: 2017-2026 (2010)

研究者 プロフィール

元 神経内科学分野 (現 米国国立衛生研究所 Visiting Fellow、日本学術振興会海外研究員) 和気 弘明
元 整形外科学分野大学院生
池田 麻記子

略歴とコメント

1999年名古屋市立大学医学部を卒業、同整形外科に入局し専門医取得。
2007年に名古屋市立大学大学院医学研究科に入学。再生医学の澤本和延先生のところで研究を始めました。当初、生後7か月の長女を抱えての慣れない研究生活に戸惑いましたが、澤本先生や当時助教だった廣田ゆき先生の研究への情熱に感動して研究に打ち込みました。そして、いろいろな研究者の方々と交流したことで、「一つ一つの研究成果は小さくても、その研究によって少しずつ未知の現象が明らかになり、よりよい未来に進むための知識が積み上げてられていくのだ」と知りました。研究を通して少しずつでも医学が進歩していき、いつか今は治らない病気が治るようになる日が来ると信じられるようになり、もっと医学と向き合ってよりよい医療を患者さんに提供できるように自分のできることを続けていきたいと考えるようになりました。こんな私でも、医師として自分のできることを精一杯して、社会に貢献したいと考えています。

受賞履歴

  • 名古屋市立大学大学院医学研究科2011年最優秀論文賞受賞