研究・技術レポート

研究レポート:論文
[公開日:2011年8月29日]

No.11 Sensory input regulates spatial and subtype-specific patterns of neuronal turnover in the adult olfactory bulb.
J Neurosci 31: 11587-11596 (2011) 再生医学 大学院生 澤田 雅人

背景

長い間、成人の脳の神経細胞は死んでいく一方で、自然には再生しないと考えられてきましたが、近年の研究により成人の脳にも幹細胞が存在して、神経細胞を再生していることが明らかになってきました。しかし、これまでの研究方法では、主に死後の脳を解析していたため、脳内でどのように神経細胞が入れ替わり、再生されるのかを実際に「見る」ことはできませんでした。また、神経細胞の再生が脳の活動と関係しているかどうかについては、ほとんどわかっていませんでした。今回我々は、生きた動物で脳内の神経細胞を長期間観察する技術を使って、神経細胞の再生のしくみと脳の活動の関係について詳しく調べました。

研究手法

脳内で匂いの情報を処理する「嗅球」と呼ばれる領域では、成体でも活発に神経細胞が再生していることが分かっています。そこで我々は、生理学研究所生体恒常機能発達機構研究部門・鍋倉淳一教授との共同研究によって、生きたまま脳の中の神経細胞を観察することができる「二光子レーザー顕微鏡」という特殊な顕微鏡を使って、嗅球の個々の神経細胞を長期間にわたって繰り返し観察し続けました。その結果、古い神経細胞が死んでいったり、新しく生まれた神経細胞が嗅球の神経回路に加わったりする様子を生きた動物で捉えることに成功しました。また、レーザーを用いて狙った神経細胞を焼き殺すと、同じ場所に同じ種類の新しい神経細胞が再生されることを見出しました。さらに興味深いことに、同じ場所での神経細胞の再生は、マウスの鼻に栓を挿入して匂いの情報を遮断し、脳の活動を低下させることで生じなくなることが分かりました。この結果は、同じ場所に同じ種類の神経細胞を再生するためには脳の活動が重要であることを示唆しています。

図1:二光子顕微鏡を用いて生きたまま脳内の神経細胞を「見る」

二光子顕微鏡を用いて生きたまま脳内の神経細胞を「見る」
※拡大図をご覧になるには画像をクリックしてください。

結論

成体の脳内では、神経細胞が死んだ場所に新しい神経細胞が加わるしくみが存在し、そのしくみが脳の活動によって調節されていることが初めて解明されました。

図2:本研究の結論

本研究の結論
※拡大図をご覧になるには画像をクリックしてください。

医療への応用の可能性

我々はこれまでに、多くの神経細胞が死滅する脳梗塞等の疾患後に、脳内の幹細胞からつくられる新しい神経細胞がダメージを受けた領域へと移動し、一部の神経細胞を再生することを明らかにしてきました。現状では再生効率が極めて低いため、脳の機能は完全に回復しませんが、今回の発見である「脳の活動によって新しい神経細胞が加わるしくみ」を明らかにすることで、傷害後のリハビリテーション法の向上や、iPS細胞などを用いた再生医療に貢献する可能性があると考えています

論文掲載情報

Sawada, M., Kaneko, N., Inada, H., Wake, H., Kato, Y., Yanagawa, Y., Kobayashi, K., Nemoto, T., Nabekura, J., and Sawamoto, K. (2011)
Sensory input regulates spatial and subtype-specific patterns of neuronal turnover in the adult olfactory bulb. J. Neurosci. 31:
11587-11596.

研究者 プロフィール

細胞生化学 大学院生 澤田 雅人
再生医学 大学院生
澤田 雅人

略歴とコメント

2006年慶應義塾大学理工学部生命情報学科卒業。2008年同大学大学院理工学研究科基礎理工学専攻生命システム情報専修修士課程修了。学部、修士課程では井本正哉教授のもと、癌細胞の遊走を標的としたケミカルジェネティクス研究を行う。博士課程より名古屋市立大学大学院医学研究科に入学。2011年より日本学術振興会特別研究員(DC2)。
「成体の脳でも神経細胞は常に再生している」という脳の可能性に強い関心を持ち、再生医学分野・澤本和延教授のもとで成体脳のニューロン新生に関する研究を始める。幹細胞から新しい神経細胞がつくられ、目的地まで長距離を移動したのち神経回路へと組み込まれていく様は、圧巻の一言に尽きる。この知的好奇心の泉から少しでも多くの発見をし、基礎医学の発展に寄与するのみならず、医療への応用に貢献することが私の大きな理想である。趣味は釣り全般、スキー、フルートだが最近はどれも時間が取れず、音楽鑑賞で気分転換。