研究・技術レポート

研究レポート:論文
[公開日:2011年8月29日]

No.10 Protein phosphatase 1γ is responsible for dephosphorylation of histone H3 at Thr 11 after DNA damage. Shimada M, Haruta M, Niida H, Sawamoto K, Nakanishi M. EMBO Rep. 11: 883-889 (2010) 細胞生化学 講師 島田 緑

はじめに

遺伝子発現の動的制御は、配列特異的転写因子の活性制御と転写標的遺伝子のプロモーター近傍のクロマチン修飾制御の協調的作用が重要であると考えられているが、転写因子の活性制御における成果に比較してクロマチン修飾制御の本体についてはほとんど理解されていない。我々はこれまで(1)細胞増殖に必要なチェックポイントキナーゼChk1がヒストンH3-Thr11(H3-T11)をリン酸化することにより、増殖関連因子の転写を活性化すること、(2)DNA損傷に応答した転写抑制機構にH3-T11の脱リン酸化が重要であることを発表した (Shimada M et al., Cell 2008)。我々の発表と同時期にPRK1 (Protein kinase C Related Kinase 1)がH3-T11をリン酸化し、このリン酸化はアンドロゲンレセプター依存的な転写に重要であることが報告された(Metzger E et al., Nat Cell Biol 2008)。H3-T11のリン酸化は特定の癌組織で上昇していることから、転写および癌化に重要な新たなヒストン修飾として注目を浴びている。

研究内容

DNA損傷後H3-T11が脱リン酸化されることが増殖関連因子の転写抑制に重要である。そこでH3-T11が脱リン酸化される分子機構の解明に取り組み、リン酸化カスケードを中心とした染色体安定性維持機構の一端を明らかにしようと試みた。一般的にリン酸化の制御はリン酸化酵素だけでなく、脱リン酸化酵素によっても制御されていることから、H3-T11の脱リン酸化酵素を探索した。細胞内に多くの脱リン酸化酵素が存在するので、阻害剤を用いて大まかにどのグループの脱リン酸化酵素がT11の脱リン酸化に関わっているのかを調べ、次にそのグループに属する脱リン酸化酵素についてsiRNA法を用いてそれぞれをノックダウンすることによって検討した。その結果H3-T11の脱リン酸化酵素としてPP1 γ を同定した。さらにPP1 γ の活性がDNA損傷後上昇することも分かった。

一般的に脱リン酸化酵素の活性調節には、Cdkによるリン酸化制御および調節サブユニットとの結合が重要だと考えられている。Kinase assayやリン酸化部位特異的抗体を用いたウェスタンブロットにより、(1)Cdk1はPP1 γ のT311をリン酸化する (2)PP1 γ リン酸化フォームは不活性化型、脱リン酸化フォームは活性化型である (3)UV照射後PP1 γ のT311のリン酸化が減少し、活性化状態となることが分かった。

さらにDNA損傷応答において重要であるATR, Chk1に依存してPP1 γ のT311が脱リン酸化されること、この脱リン酸化は恒常的活性化型Cdk1を発現させた状態では生じないことが分かった。従ってPP1 γ はATR-Chk1-Cdk1経路によって活性化され、H3-T11を脱リン酸化し増殖関連因子の転写が抑制されるモデルを提唱した。PP1 γ はRbやエピジェネティック制御因子と複合体を形成し転写制御を行っていると現在考えており、今後このような複合体のダイナミクスを検証していきたい。この転写抑制機構は同じく増殖関連因子の転写が強く抑制される細胞老化の分子機構の解明に大きく貢献すると考えられる。今後H3-T11の脱リン酸化が他のエピジェネティック修飾にどのような影響をあたえるのか、恒常的な細胞周期停止との関連について詳細に調べていきたい。

図の説明

DNA損傷後H3-T11が脱リン酸化されて増殖関連因子の転写抑制が起きるモデル

Chk1によるヒストンH3-T11のリン酸化制御に加えて、PP1 γ によるT11のリン酸化制御が重要であることが明らかとなった。DNA損傷非存在下(-UV)においては、PP1 γ はCdk1によってT311がリン酸化されて不活性化状態になっている。DNA損傷が生じると(+UV)、(1)クロマチン上のChk1はATRによってリン酸化されてクロマチンから離れるためH3-T11のリン酸化が減少する。(2)ATR-Chk1経路により最終的にCdk1が抑制されPP1 γ のT311が脱リン酸化され活性化型となるため、H3-T11の脱リン酸化が誘導される。従ってDNA損傷後のChk1のクロマチンからの解離と、PP1 γ の活性化の二つの機構によりH3-T11の脱リン酸化が誘導され、細胞増殖に関わる遺伝子の転写が抑制されると考えられる。

DNA損傷後H3-T11が脱リン酸化されて増殖関連因子の転写抑制が起きるモデル
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研究者 プロフィール

細胞生化学 講師 島田 緑
細胞生化学 講師
島田 緑

略歴

  • 2008年6月〜2009年3月
    名古屋市立大学大学院医学研究科細胞生化学講座 助教
    再生医療の実現化プロジェクトのメンバーとして癌、老化細胞のクロマチンの構造と機能について研究
  • 2009年4月〜現在
    名古屋市立大学大学院医学研究科細胞生化学講座 講師
  • 2011年2月〜現在
    内閣府 最先端・次世代研究開発支援プログラム 研究者として研究に従事中

受賞履歴

  • 2009年 資生堂女性研究者サイエンスグラント
  • 2011年 平成23年度 科学技術分野の文部科学大臣表彰 若手科学者賞
  • 2011年 第13回大学女性協会守田科学研究奨励賞