研究・技術レポート

研究レポート:論文
[公開日:2011年7月19日]

No.8 新生ニューロンはアストロサイトの突起を除去して成体脳における高速移動のための経路をつくる
Neuron 67: 213-223 (2010) 再生医学分野   助教   金子   奈穂子

背景

近年の研究により、成人の脳にも幹細胞が存在して、新しい神経細胞(ニューロン)をつくり続けていることが明らかになってきました。脳の内部にある側脳室の壁に沿って存在する「脳室下帯」と呼ばれる部分は、脳内で最も活発にニューロンがつくられている場所です(図1左)。この脳室下帯でつくられた神経細胞は、脳の前方まで長距離を移動して、嗅覚に関連したさまざまな機能を担う細胞へと成熟します。また脳梗塞などの疾患によってたくさんの脳細胞が死滅すると、傷害を受けた部位に移動してニューロンの一部を再生します。しかし、脳は細胞や線維が密集した組織であり、これらのニューロンがその中をどのようにして遠くまで移動しているのか、そのしくみは分かっていませんでした。今回我々は、ニューロンがアストロサイトという別の種類の細胞がつくるトンネルの中を通ること(図1右)に着目して、そのしくみを詳しく調べました。

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研究手法

細胞移動の調節に関わるSLITタンパク質をコードする遺伝子を欠失したマウスの脳を解析したところ、脳室下帯からのニューロンの移動速度が低下し、トンネルを形成するアストロサイトの形が不規則になっていることがわかりました。SLITタンパク質の受容体であるROBOの分布を調べたところ、トンネルを形成しているアストロサイトに局在していました。様々な培養法を使って、細胞の形の変化や移動する様子を詳細に解析したところ、ニューロンが分泌するSLITがアストロサイトの表面に存在するROBOに結合すると、アストロサイトが引っ込んで脳内にトンネル構造がつくられることがわかりました。

結論

移動するニューロンがSLITタンパク質を分泌することにより周囲のアストロサイトに働きかけ、自らの高速移動のためのトンネルの整備を行うという新しいメカニズムが明らかになりました(図2)。

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医療への応用の可能性

脳内におけるニューロンの移動をコントロールして目的の部位に効率よく到達させることが可能になれば、現在は治療の難しい脳疾患、例えば脳梗塞や神経変性疾患などを、私たち自身が持っている再生能力を活用し「再生医療」によって治療する方法の開発に役立つ可能性があります。

論文掲載情報

New Neurons Clear the Path of Astrocytic Processes for Their Rapid Migration in the Adult Brain.

Kaneko N, Marín O, Koike M, Hirota Y, Uchiyama Y, Wu JY, Lu Q, Tessier-Lavigne M,Alvarez-Buylla A, Okano H, Rubenstein JL, Sawamoto K.

Neuron 67: 213-223, 2010.

研究者 プロフィール

再生医学分野 助教 金子奈穂子
再生医学分野 
助教 金子 奈穂子

現職

名古屋市立大学医学研究科再生医学分野 助教

略歴とコメント

2000年山梨医科大学(現:山梨大学)医学部医学科卒業。

山梨大学精神神経医学講座(神庭重信教授)で研修医・医員として精神医学臨床を学んだのち、2003年に同学大学院博士課程に入学。大学院在学中、慶應義塾大学医学部生理学教室(岡野栄之教授)に共同研究員として派遣され、当時同教室の講師であった澤本和延教授の研究グループにて本研究を開始した。2007年博士課程修了後、井上科学振興財団「井上フェロー」に採用されて、同年に澤本和延教授の名古屋市立大学医学研究科再生医学分野教授着任とともに本学研究員となった。2009年より現職。

大学院で基礎研究に出会い、一見遠回りに見える基礎研究こそが臨床医学の発展に寄与するブレイクスルーをつくり出すと考えて、大きく進路変更し紆余曲折を経て現在に至る。科学的な探究心・興味を原動力として、将来的に医療現場に応用されるような研究を展開することを目指す。

受賞履歴

  • 2010年 日本再生医療学会Young Investigator's Award最優秀賞
  • 2010年 名古屋市立大学医学会賞