研究・技術レポート
No.7 Essential role of Tip60-dependent recruitment of ribonucleotide reductase at DNA damage sites in DNA repair during G1 phase.
Genes Dev. 24, 333-338 (2010)
細胞生化学 講師 丹伊田 浩行
研究内容
さまざまな遺伝情報がコードされているDNAの安定性を維持することは、癌をはじめとする疾病を防御する上で非常に大事なことです。私たちのDNAは常に紫外線などにより損傷を受けておりますので、これらのDNA上の傷を迅速に修復して行くことが必要となります。DNAの損傷を修復する仕組みは損傷の種類に応じていくつかありますが、多くの場合DNA合成を伴うことが明らかになっています。
近年の技術的な進歩によりDNA合成の原料となるデオキシリボヌクレオチド(dNTPs)の細胞内濃度を定量することができる様になりました。この技術を用い、DNA損傷前と後のdNTPs濃度を測定すると下等真核生物の酵母では細胞内dNTPs濃度が著しく上昇するのに対し、ヒトの細胞ではそのような増加が認められないことが報告されました。DNAポリメラーゼが効率的に働く為には一定濃度以上のdNTPsが存在しなければなりませんので、私たちはヒトにはDNA損傷修復を行う局所でdNTPsを産生する未知なる機構が存在するのではないかと予想し今回の研究をスタートさせました。
ヒトの細胞内でdNTPsを合成する代謝経路において律速酵素となっているのはリボヌクレオチドレダクターゼ(RNR)という酵素です。この酵素はリボヌクレオシド二リン酸(NDP)をデオキシリボヌクレオシド二リン酸(dNDP)に還元する反応を触媒します。RNRに対する抗体を用いてヒト細胞を免疫染色するとRNRは主に細胞質に存在していますが、一部は核内にも局在していることが分かりました。DNAにX線などを照射してDNA損傷を与えるとRNRは損傷部位に局在することも明らかとなりました。
RNRがDNA損傷部位に移動する為に必要な因子を探索するとヒストンアセチルトランスフェラーゼの一種、Tip60というDNAが巻き付いているヒストンをアセチル化する酵素が同定されました。Tip60は最近の研究からDNA損傷修復に必要とされ、損傷部位に集積することが報告されています。私たちはTip60とRNRの複合体形成がRNRの損傷部位への集積に重要であろうと考えました。いくつかの方法で両者の結合を阻害してRNRの損傷部位への局在に及ぼす影響を検討しました。この結果RNRの損傷部位への局在はTip60に依存していることが明らかになり、この結合が阻害されるとDNA損傷修復が効率的に行われないことを見いだしました。またこの機構は主に細胞内dNTPs濃度の低い、細胞周期G1期に特に重要であることがわかりました。今回私たちが明らかにしたDNA損傷部位へのdNTPs供給機構は、長大なDNA鎖を持つ哺乳動物細胞において効率的にDNAを修復し維持する為、特異的に発達した機構であると思われます。
RNRにより厳密にコントロールされたdNTPs濃度が染色体の安定性に必須であることは既に明らかにされており、dNTPsの過不足は染色体に変異をもたらします。一方、今回RNRと複合体を形成する因子として同定されたTip60は、片方の遺伝子が欠損したTip60+/-マウスにおいて発癌傾向が認められております。私たちの研究結果をふまえ考察するとTip60+/-マウスの発癌はRNRのDNA損傷部位への集積異常を一因としている可能性が予想されます。今後この集積機構と発癌メカニズムの関係を検討し、実際の臨床癌に対する予防や化学療法剤の標的としての可能性について考えて行きたいと思っています。
図の説明
DNA損傷部位のRNRがdNTPsを供給する
紫外線やX線などの外的要因や細胞内の代謝過程で生じる活性酸素などの内的要因によりDNAが損傷するとTip60依存的にRNRが損傷部位近傍に集積する。このRNRが損傷部位局所においてdNTPsを産生することによりDNA修復時に働くDNAポリメラーゼの基質を供給し修復を促進する。
論文掲載情報
Niida H, Katsuno Y, Sengoku M, Shimada M, Yukawa M, Ikura M, Ikura T, Kohno K, Shima H, Suzuki H, Tashiro S, Nakanishi M.
Essential role of Tip60-dependent recruitment of ribonucleotide reductase at DNA damage sites in DNA repair during G1 phase.
Genes Dev. 24, 333-338 (2010)
研究者 プロフィール

細胞生化学
講師 丹伊田 浩行
コメント
1991年 帯広畜産大学大学院畜産学専攻科修士課程修了 医学博士 日本ロシュ(株)鎌倉研究所 研究員、 Lawrence Berkeley National Lab. (Kohwi-Shigematsu Lab.) Research associateを経て、2001年より名古屋市立大学大学院医学研究科細胞生化学教室に勤務。2010年7月から浜松医科大学生化学第一講座に転任。染色体安定性の維持機構と発癌メカニズムをテーマに研究を展開して行きたい。
趣味:サッカーと山登り。岡田監督を応援しています!がんばれ日本!





