研究・技術レポート

研究レポート:論文
[公開日:2009年8月24日]

No.2 炎症性サイトカインとジクロフェナックナトリウムがアストロサイトのNOx産生に及ぼす影響.
Toxicol Appl Pharmacol. 38: 56-63 (2009) 新生児小児医学分野 研究員 垣田 博樹

研究内容

インフルエンザウイルス感染に伴う脳炎、脳症は年間およそ100から300人が発症し、5歳以下の小児に多い。死亡率が30%前後と高く、また後遺症を残す例も多いことが報告されている。2000年に厚生労働省は解熱剤であるジクロフェナックナトリウム(以下DCF)の使用がインフルエンザ脳症例での死亡率を有意にあげることを報告し、インフルエンザウイルス感染者に対する使用を控えるよう勧告を出した。しかしながら、インフルエンザ脳症の発症機序はまだ十分に解明されておらず、治療法についても完全に確立されてはいないのが現状である。

インフルエンザ脳症を発症する機序として、ウイルスの中枢神経への侵入による発症のみならず、血中サイトカインの異常増加、いわゆる「サイトカインストーム」による発症が考えられている。これらサイトカインは血液脳関門を破綻し、引き続き脳実質内及び髄液中のサイトカイン濃度が上昇する。その結果、ニューロンの興奮性を高めるとともに、その興奮性を制御するアストロサイトの機能にも異常を来たし、異常行動、けいれん、さらには脳症を引き起こすと推測される。その病態および増悪には以下のようなものの関与が指摘されている。 (1) 生体内で様々な細胞から分泌される炎症性サイトカインの過剰分泌(サイトカインストーム)、(2)炎症により誘導され高濃度で細胞毒性を呈するNOxの関与、(3) インフルエンザ脳症で亡くなった剖検例では脳内にアストロサイトが異常活性化している知見から推測されるアストロサイトの関与、(4)解熱剤DCFの関与、である。

そこで、われわれは、炎症性サイトカインにDCFが加わると、NOxの産生が亢進する可能性があるのではないかと考え、ラットの培養アストロサイトを用いた実験を2006年から開始した。まず培養アストロサイトを代表的な炎症性サイトカインである、TNF- α 、IL-1 β 、IFN- γ で刺激しNOxの産生、iNOSの遺伝子、蛋白レベルでの発現を測定した。これらサイトカインはインフルエンザ脳症患者の髄液中にも増加していることが報告されており、「サイトカインストーム」状態にあるアストロサイトのin vitroモデルとして解析に使用した。この炎症性サイトカイン刺激と同時にDCFの刺激も行うなど、各種刺激条件下で比較検討した。その結果、DCFの単独刺激では全くNOx、iNOSは誘導されなかったが、興味深いことに、炎症性サイトカインにDCFが加わると、炎症性サイトカイン単独の場合よりも、iNOSの誘導、NOxの産生がさらに亢進することが観察された。また小児で一般的に使用されている解熱剤、アセトアミノフェンでも同様の測定を行ったが、アセトアミノフェンでは炎症性サイトカインとの相乗効果はみられなかった。

次に、われわれはこれらのiNOS/NOxの産生亢進がどのようなシグナルを介して生じているかを検討した。iNOS/NOxの誘導には主に、(1) prostaglandinE2/EP2受容体、PKA、PKCなどを介する経路、(2)NF κ Bを介する経路が存在するが、本研究において、われわれは炎症性サイトカインとDCFによるiNOS/NOxの誘導は主にNF κ Bを介して起きることを突き止めた。

NOxは生体内では血管拡張作用や、さらに低濃度では神経保護作用など様々な作用を持つことが知られている。しかし高濃度になると活性酸素種を生じ神経毒性を示す。そこで、炎症性サイトカインとDCF同時刺激下でアストロサイトの細胞障害が誘導されるかどうか検討したところ、炎症性サイトカイン単独刺激に比べ、さらに強いアストロサイトへの細胞障害が生じることを明らかにした。

以上より、われわれはアストロサイトにおいてDCFは炎症性サイトカインとの相乗効果で NF κ Bを活性化し、iNOS/NOxの産生を増強させ、さらに細胞障害を引き起こすことを明らかにした。これらの結果は、インフルエンザ脳症の増悪メカニズムの一部を明らかにしただけでなく、今後、脳症の増悪モデルとして病態の解明に役立つ可能性があると考え、さらに研究を進めている。

本研究は分子神経生物学分野との共同研究であり御協力、御指導いただきました先生方に感謝致します。

論文掲載情報

Kakita H, Aoyama M, Hussein MH, Kato S, Suzuki S, Ito T, Togari H, Asai K  Diclofenac enhances proinflammatory cytokine-induced nitric oxide production through NF-kappaB signaling in cultured astrocytes. Toxicol Appl Pharmacol. 38(1):56-63,2009.

図説:

[培養アストロサイトにおける炎症性サイトカインとDCFの同時刺激によるNOx産生のメカニズム]

培養アストロサイトを炎症性サイトカインで刺激すると、(1) prostaglandinE2/EP2受容体、PKA、PKCなどを介する経路と(2)NFκBを介する経路が関与し、iNOS/NOxの産生誘導が観察される(上図)。同時に、DCF刺激を行うとNF κ Bを介する経路が増強し、さらにiNOS/NOxの誘導が亢進することが観察される(下図)。このDCFによるiNOS/NOxの誘導亢進が細胞障害性の増悪に重要であると考えられる。

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研究者 プロフィール

現職:愛知県心身障害者コロニー中央病院 新生児科 医長
名古屋市立大学医学部 新生児小児医学分野 研究員

新生児小児医学分野 研究員 垣田 博樹
新生児小児医学分野
研究員 垣田 博樹

2000年熊本大学医学部医学科卒業。
京都第一赤十字病院小児科、市立四日市病院小児科を経て、2003年名古屋市立大学 大学院医学研究科博士課程入学。大学院在学中、名古屋市立大学医学研究科 新生児小児医学分野 戸苅   創教授のもと新生仔豚敗血症モデルの研究を行う。
2006年から名古屋市立大学医学研究科 分子神経生物学分野 浅井清文教授のもと本研究を開始した。
2008年から現職。新生児科医として現場で新生児の治療を行いながら、研究を続行中。世間をあっと驚かすような大発見は、残念ながら無理かもしれないが、臨床医として日々の診療で湧き上がってくる疑問を基礎研究の手法を取り入れ、解明していくことを目指している。
モットーは、小さいことは気にしない。家内安全。