研究・技術レポート

研究レポート:論文
[公開日:2008年12月8日]

No.1 リン酸化酵素Chk1がDNA損傷後の転写抑制を制御する.
Cell. 132 : 221-232 (2008) 細胞生化学 特任助教 島田 緑

研究内容

哺乳動物細胞はDNA損傷を受けると、様々な遺伝子の発現(転写)が抑制される。遺伝子の発現抑制は細胞の癌化を防ぐのに重要である。ではどのようなメカニズムにより、この転写抑制が引き起こされているのであろうか? 私たちは癌抑制遺伝子Chk1が、DNAが巻き付くヒストンと呼ばれるタンパク質をリン酸化することを見出し、DNA損傷後誘導される転写の抑制が、Chk1によるヒストンのリン酸化制御によりもたらされていることを明らかにしたので紹介する。

生命の遺伝情報を担うゲノムDNAは細胞の代謝の際に生じる活性酸素などの内的要因や、放射線、紫外線、化学物質などの外的要因によって常に損傷を受けている。癌細胞はDNA上にできた損傷が修復されず異常な増殖を繰り返しすことで発生する。ヒトなどの真核生物の細胞は、癌化を阻止する為にDNA損傷に応答して[1]細胞増殖を停止し、[2]損傷したDNAを修復する。もし損傷状態が重篤な場合は、[3]アポトーシス(細胞死)、[4]早期細胞老化を誘導し、異常なゲノムDNAを有した細胞の増殖を抑制する機構を持っている。細胞にはDNAが損傷すると、DNAを読み取ってコピーすること(転写)を中断し、上記に述べた機構をうまく協調させながら、個体レベルにおいて異常な細胞(癌細胞)の蓄積を防いでいる。しかしながらその具体的な仕組みはこれまで不明であった。

ヒストンは細胞内で様々な化学修飾を受け、DNAとヒストン複合体(クロマチン)に、転写を含む多様な機能を生み出している。私たちはまずDNA損傷後変化するヒストンの化学修飾に着目し、その中でヒストンH3-T11(11番目のThreonine)のリン酸化がDNA損傷後急激に減少することを見出した。この部位は転写に影響を与える修飾部位に近接して存在しているものの、その重要性は全く分かっていなかった。偶然このT11は私たちのグループで長年研究してきた癌抑制遺伝子Chk1がリン酸化しやすい配列になっていることに気がついた。早速その可能性を検討した結果、予想通りH3-T11のリン酸化を担う酵素はChk1であることを突き止めた。Chk1はクロマチン上にも存在するものの、クロマチン上での機能は未解明のままであった。そこで、クロマチン上のChk1、ヒストンH3-T11のリン酸化と転写抑制との関係を調べたところ、損傷後クロマチンからChk1が離れH3-T11のリン酸化修飾が減少し、この変化がDNA損傷後の転写抑制を引き起こすことを見出した。ここまでの結果は私たちが実験前に考えた予測と完全に一致するものであった。そこで次に、なぜT11のリン酸化の減少が転写抑制を導くのか? その分子機構を明らかにしたいと考えた。様々な実験の結果、T11のリン酸化型ヒストンは、アセチル化酵素GCN5を効率よくDNA上に誘導し、その結果転写の活性化に重要なヒストンH3-K9(9番目のLysine)がアセチル化され、増殖関連遺伝子の転写がオンになるというモデルを導き出した。DNA損傷後はChk1がクロマチンから離れるため、T11のリン酸化が減少し、GCN5のDNA上への誘導およびK9のアセチル化が減少し、転写が抑制される。私たちは癌抑制遺伝子Chk1の新しい機能と、これまで未解明であったDNA損傷後の転写抑制機構の一端を明らかにした。この転写抑制機構は癌化を防ぐために重要であると考えられるため、現在このメカニズムを念頭に置き、Chk1の機能を回復させて癌を予防する医薬品開発を目指し、研究を進めている。

最後に、この研究を支えて下さった多くの方々に心から感謝したい。

論文掲載情報

Shimada M, Niida H, Zineldeen DH, Tagami H, Tanaka M, Saito H, Nakanishi M.
Chk1 is a histone H3 threonine 11 kinase that regulates DNA damage-induced transcriptional repression.
Cell 132:221-232, 2008.

図説:Chk1によるT11のリン酸化を介した転写制御機構のモデル

DNA損傷非存在下ではクロマチン上のChk1がH3-Threonine 11をリン酸化し、GCN5によるH3-K9アセチル化を介して、増殖関連遺伝子の転写が活性化される。DNA損傷が生じると、Chk1がクロマチンから離れるためにThreonine 11のリン酸化が減少し、Lysine 9のアセチル化が低下するため、転写が抑制される。この転写抑制機構は癌細胞発生を阻止するのに重要であると考えられる。

[DNA損傷によって誘導される転写抑制の分子機構]

DNA損傷によって誘導される転写抑制の分子機構(PDF資料を開きます。)

メディア掲載情報

  • 中日新聞 (2008年1月25日 朝刊1面)

研究者 プロフィール

細胞生化学 特任助教  島田 緑
細胞生化学
特任助教 島田 緑

1998年大阪市立大学理学部生物学科卒業、2000年同大学院修士課程修了、2003年大阪大学大学院理学研究科博士課程修了(理学博士)。博士課程在学中、英国Sussex Universityに留学。大学院修了後、学振特別研究員(PD)として名古屋市立大学医学研究科細胞生化学講座 村上浩士准教授のもと、RNA代謝異常を監視するチェックポイント機構の研究を行う。2006年から同研究室中西真教授のもと、DNA損傷とクロマチン修飾についての研究を始める。2008年特任助教。現在、文部科学省再生医療の実現化プ ロジェクト「脳室周囲白質軟化症の幹細胞治療の実現化」のメンバーとして癌、老化細胞のクロマチンの構造と機能について研究中。基礎研究から得られた成果を癌、遺伝病、再生医学に応用することを目指し、日々小さな発見に喜びを感じている。研究者を志した自分の道を信じ、挑戦していきたい。趣味はピアノ。

※詳しい研究者情報は本校「 研究者データベース 学内別サイト」をご覧ください。

受賞履歴

  • 2003年 博士課程で行った研究に対して「大阪大学微生物病研究所優秀学術賞」を受賞。
  • 2008年 本論文の研究に対して「Gordon Research Conference Best Poster prize」、及び「第9回がん若手ワークショップ最優秀賞」を受賞。