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着床前診断についての科学的根拠

文責 杉浦真弓(掲載日:2012年8月1日)

神戸の医師が原因不明習慣流産に対する着床前診断を学会に無申請で実施した新聞報道があり、患者さんからのご質問が増加しているため、着床前診断のエビデンス(科学的根拠)についてお話します。

習慣流産、不妊症ともに着床前診断を行うと「出産率が上昇する」という事実はありません。

新聞には患者さんの詳細は記載されていませんが、多くは原因不明習慣流産と推定します。報道によれば97人(平均年齢39.1歳)が体外受精と着床前診断をうけ、53人が正常胚を移植し、39人が妊娠、3人が流産、36人が妊娠継続、出産率が74%(39/53)ということでした。

正しい出産率は37%(36/97)です。流産をも成功に含め、胚移植できた人のみを母数として、74%と高い数字をあたかも成功率であるように強調しています。自然妊娠可能な女性に体外受精の肉体的負担と高額な費用を負担させ、母数から削除するのはフェアな態度ではありません。新聞に書かれていたように「不妊症に福音」という事実はなく、「出産できない人が出産できる技術」ではありません。

原因不明習慣流産や高齢不妊女性が胎児染色体異常によって起こるため、体外受精によって多くの卵を採取して、染色体を調べて、正常な受精卵を子宮に戻すのが着床前スクリーニングです。いくつかの染色体を調べるFISH法からすべての染色体を網羅的に調べることが可能な比較ゲノムハイブリダイゼーション法(CGH法)に技術は移行してきています。

習慣流産は明らかな原因が約30%に見つかり、夫婦に均衡型転座と呼ばれる変化がみられる場合は約5%であり、学会に申請して承認の後に着床前診断が認められています。ただし、流産を減らすことが目的であり、出産できない人が出産できるようになる技術ではありません。

原因不明が60−70%を占めます。3回流産すると次は100%流産すると誤解をする人が多いようですが、70%の方が無治療でも出産できます。女性の年齢や既往流産回数が多いほど出産率は低下しますが、累積的には85%が出産に至ることも判っています(表)。また、胎児染色体異常が判っている場合は胎児が正常で流産する場合よりも出産に至りやすいことも判っています。

既往流産回数別出産率
過去の流産回数 出産率%
2 76.8 (347/452)
3 67.6 (311/460)
4 58.7 (121/192)
5 51.3 (40/78)
6 35.9 (14/39)
7 33.3 (8/24)
8 29.4 (5/17)
9 21.4 (3/14)
10回以上 6.1 (2/33)
Ogasawara et al. Fertil Steril 2000.

胎児の染色体は検査が出来る施設は限られていますが、きちんと検査をすると41%の患者さんが胎児異常流産を繰り返していることがわかりました(Sugiura-Ogasawara et al. Hum Reprod 2012)。25%は胎児正常流産を繰り返す真の原因不明です。このような患者さんは着床前診断をする意味がありません。

Sugiura-Ogasawara et al. Hum Reprod in press.
Sugiura-Ogasawara et al. Hum Reprod in press.

Table Ⅱ Subsequent Live Rate According to Women's Age
Women's age 18-24 25-29 30-34 35-39 40-45
Mean number of previous miscarri age 2.4(0.6) 2.5(0.8) 2.8(1.2) 3.1(1.4) 2.9(1.6)
Live birth rate at the first pregnancy after examination 78.1%(32/41) 76.9%(357/464) 66.7%(337/505) 58.4%(115/197) 58.1%(25/43)
Cumulative success rate 92.7%(38/41) 92.2%(428/464) 83.8%(423/505) 75.1%(148/197) 65.1%(28/43)
Abnormal embryonic karyotype 50%(2/4) 47.9%(23/48) 52.6%(50/95) 80.0%(44/55) 54.5%(6/11)
Sugiura-Ogasawara et al. Am J Reprod Immunol 2009.

原因不明習慣流産に対してFISH法による着床前診断を行った研究では25人(平均32.5歳、4.5回流産)に実施して、妊娠率は36%(9/25)でした。表の自然妊娠による過去5回の成功率51.3と比較して明らかに低い 結果でした(Platteau et al. Fertil Steril 2005)。

40代の反復患者さんの自然妊娠での出産率も58%、累積的には65%であり(Sugiura-Ogasawara et al. 2009)、神戸の医師の着床前診断の出産率37%ではCGH法を用いても自然妊娠の成功率に及びません。

欧米のガイドラインでも「現段階で着床前スクリーニングの意義はない」と述べられており(ACOG. Obstet Gynecol 2009; Branch. N Engl J Med 2010)、有効性の立証なく着床前診断が世界中で広がってしまったことが問題だとも述べられています(ECHRE PGD Consortium. Hum Reprod 2010)。

ECHRE PGD Consortium. Hum Reprod 2010)

一方、高齢不妊女性に対する着床前診断は10篇の無作為割り付け試験が報告されています。下記は最も質の高い研究であるために超一流医学雑誌に掲載されています。着床前診断の妊娠継続率は25%であり、体外受精のみでは37%と着床前診断の群の妊娠率が低下するという結果でした(Mastenbroek et al. 2007)。メタ解析(質の高い研究を症例を集めて再解析した)の結果も「着床前スクリーニングを行うと妊娠率は低下する」という結果でした(Mastenbroek et al. 2011)。

Table 2. Outcomes in Women Who Underwent Premplantation Genetic Screening and in Controls.
Outcome Women Who Underwent
Preimplantation Genetic
Screening
(N=206)
Controls
(N=202)
Rate Ratio
(95%Cl)
P Value
Women with an ongoing pregnancy - no.(%) 52(25) 74(37) 0.69(0.51-0.93) 0.01
Women with ≥1 clinical pregnancy - no.(%) 81(39) 106(52) 0.75(0.60-0.93) 0.008
Total no. of clinical pregnancies 94 118    
Women with ≥1 clinical pregnancy - no.(%) 61(30) 88(44) 0.68(0.52-0.88) 0.003
Total no. of clinical pregnancies 67 92    
Women with ≥1 miscarriage -no.(%) 37(18) 36(18) 1.01(0.67-1.53) 0.97
Total no. of miscarriages 43 44    
Women with ≥1 live birth - no% 49(24) 71(35) 0.68(0.50-0.92) 0.01
Total no. of live births 59 85    
Mastenbroek S et al. N Engl J Med 2007.

習慣流産、不妊症ともに着床前診断を行うと「出産率が上昇する」という事実はありません。

CGH法では異常胚を多く見つけることはできますが、患者さんの正常な受精卵が増加するわけではないので、胚移植できなくなるだけで、出産率が上昇することは期待できません。CGH法による臨床研究も欧米で進行していますが、現時点でその意義は不明です。流産を減らすことはできるでしょう。着床前診断によって出産に至った患者さんの記事が掲載されていましたが、自然妊娠によって出産できた多くの患者さんも存在します。出産できた人がうれしいのはあたりまえです。体外受精、着床前診断まで実施して、妊娠成立しなかった61人の神戸の患者さんの気持ちを真摯に考える必要があります。

胎児異常による流産は妊娠7週がその子の寿命であり、寿命をまっとうしてあげればいいのではないでしょうか。

CGH法は技術的問題も指摘されています。障害を持つ人たちは着床前診断を「生命の選別」として反対しています。日本産科婦人科学会はいろいろな立場の意見を取り入れるために公開倫理委員会を開催し、「重篤な遺伝性疾患に限って臨床研究として行う」という規則を作成しました。神戸の医師は「法律的に受精卵は生命ではない」と述べていますが、胎児異常のために妊娠初期に流産する運命の児も受精卵も生命です

Branch et al. Clinical Practice: Recurrent miscarriage. N Engl J Med 2010; 363: 1740-1747.

Harper et al. What next for preimplantation genetic screening (PGS)? A position statement from the ESHRE PGD Consortium steering committee. Hum Reprod 2010; 25: 821-823.

Mastenbroek S, Twisk M, van Echten-Arends J, Sikkema-Raddatz B, Korevaar JC, Verhoeve HR, Vogel NE, Arts EG, de Vries JW, Bossuyt PM, Buys CH, Heineman MJ, Repping S, van der Veen F.  In vitro fertilization with preimplantation genetic screen. N Engl J Med 2007; 357: 9-17.

Mastenbroek S, Twisk M, van der Veen F, Repping S. Preimplantation genetic screening: a systematic review and meta-analysis of RCTs. Hum Reprod Update. 2011;17: 454-66.

Ogasawara et al. Embryonic karyotype of abortuses in relation to the number of previous miscarriages. Fertil Steril 2000; 73: 300-304.

Platteau P, Staessen C, Michiels A, Van Steirteghem A, Liebaers I, Devroey P.  Preimplantation genetic diagnosis for aneuploidy screening in patients with unexplained recurrent miscarriages.  Fertil Steril. 2005 Feb;83(2):393-7; quiz 525-6.

Sugiura-Ogasawara M, Ozaki Y, Kitaori T, Suzumori N, Obayashi S, Suzuki S. Live birth rate according to maternal age and previous number of recurrent miscarriages. Am J Reprod Immunol 62: 314-319, 2009

Sugiura-Ogasawara M, Ozaki Y, Katano K, Suzumori N, Kitaori T, Mizutani E. Abnormal embryonic karyotype is the most frequent cause of recurrent miscarriage. Hum Reprod in press.

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