住血吸虫症の研究

 
 
 
 

1. 日本住血吸虫研究の歴史
 日本住血吸虫症に関する最も古い記載は、広島県深安郡の地方病である本症を扱った、藤井好直の「片山記」(1847)にみられるもので、同様の地方病は山梨県甲府盆地でも古くから知られていた。1904年、桂田富士郎は感染ネコの門脈から虫体を発見し、日本住血吸虫と命名した。また同年、藤浪鑑は患者肝臓内門脈に虫体を発見し、本寄生虫が人体寄生虫であることを証明した。1909年には、桂田富士郎と長谷川恒治、藤浪鑑と中村八太郎などにより、動物が有病地の水に浸漬されることによって本虫に感染することが証明され、さらに1913年には宮入慶之助と鈴木稔によって日本住血吸虫中間宿主がミヤイリガイであることが決定された。これらの住血吸虫の生活環の解明はそのまま予防法へと応用され、筑後川流域、片山地方、甲府盆地から日本住血吸虫病は撲滅されたのである。

 
 
 

2. 現在の住血吸虫症研究
 住血吸虫症の駆逐に成功した例はわが国や中国の一部を除いて報告がなく、多くの流行地では住血吸虫症対策の実効が十分に上がっていないのが現状である。そこで、流行の疫学調査、ワクチン開発、簡易診断法の開発、新規治療薬の開発、中間宿主貝対策等を柱に、現在も多くの研究者が研究を行っている。
1) 流行の疫学調査
 住血吸虫症の流行をコントロールしていく上で、正確な流行の状況を把握することは必須である。近年では実地調査の困難な地理的条件下での流行監視に、地理情報システム(GIS)やリモートセンシングといった技術が取り入れられている。
2) ワクチン開発
 住血吸虫症に対するワクチンは、感染・再感染を防ぐための「感染阻止ワクチン」と、感染を完全に抑止できなくても寄生による症状の発症を抑制する「発症阻止ワクチン」の大きく2つのコンセプトで開発が進められている。また、日本住血吸虫の場合はヒト以外の動物も宿主となり得るため、動物における感染率の減少による流行のコントロールを目的に、家畜をターゲットとしたワクチン開発も試みられている。
3) 簡易診断法の開発
 住血吸虫症の診断には、糞便または尿からの虫卵検出やELISA法による血清診断が行われてきた。しかしながら、従来の方法には労力や時間、正確性に問題があることから、簡便で正確な診断法の開発に対する期待は大きい。現在、ディップスティックなどによる血清診断キットといった簡易診断法の開発が進められているほか、患者への侵襲を最小限にすべく、唾液や尿を用いた診断法の確立にも注目が向けられている。
4) 新規治療薬の開発
 住血吸虫の駆虫薬としては、「プラジカンテル」が特効薬として用いられてきた。しかし、プラジカンテル耐性株の出現が報告されており、新規薬剤の開発が求められている。現在、マラリアの治療薬として用いられているartesunateの住血吸虫に対する駆虫効果や予防効果の検討が行われている。
5) 中間宿主貝対策
 中間宿主貝に対する新規殺貝剤として、環境に与える影響が少ない天然物質由来の薬剤による殺貝効果の検討が行われている。また、中間宿主貝(感染貝)の分布を把握するために、地理情報システム(GIS)やリモートセンシングといった技術が導入されており、これによって地理的環境や気象変化が中間宿主貝の分布、さらには住血吸虫症の流行に与える影響を監視することが可能となってきている。