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3. 鈍器損傷

3.1 損傷総論

損傷(injury)という語は医学的には後天的に組織の正常な 連絡が断たれることを表す語であり,広い意味で用いられるが, 法医学的には機械的外力により生じた病理学的変化をさすことが多い。 したがって結果的には創傷(wound)と同義で用いられる。

皮膚表面における損傷のうち,皮膚の連続性が 断たれた損傷(開放性損傷)を「創」,皮膚の連続 性が保たれている損傷(閉鎖性損傷)を「傷」と 呼ぶのが一般的である。 なお内臓損傷では創と傷の語の使い分けはややあいまいになる。

3.1.1 創の各部の名称

 創の記載に必要な各部の名称を図に示す。

図 3.1: 創の各部の名称
Image cut1\includegraphics[width=8truecm, clip]{cut1.eps}

3.2 損傷の分類

損傷の分類にはさまざまな流儀があるが,ここでは一般的に用いられている 成傷器・成傷機転による分類を採用する。

  1. 鈍器損傷(blunt force injury)
    1. 表皮剥脱(abrasion)
    2. 皮下出血(bruise, contusion:挫傷)
    3. 挫創・裂創(laceration)
  2. 鋭器損傷(sharp force injury)
    1. 切創(incised wound)
    2. 刺創(stab wound)
    3. 割創(cut(chop) wound)
  3. 銃器損傷(gunshot wound: 射創)
 なお,臓器・器官の損傷では部位によって特殊な用語を用いることがある。

  
骨:骨折,切痕  歯:破折
  内臓:破裂   脳:挫傷 など

3.3 鈍器損傷

鈍器(鈍体)とは鋭利でない物体の総称であり,大きさ,重さ,硬さ等を問わない。 したがって日常見られるあらゆる物体および人体が鈍体たりうる。 これらの鈍体が打撲(impact, crush)・圧迫(pressure)・擦過(scrape)等により人体に作用して生じた損傷が鈍器損傷(blunt force injuries)である。 成傷器の問題を除けば作用機序の差異は速度および角度によるものと考えてよい。

3.4 表皮剥脱(abrasions)

鈍体が皮膚に作用して,皮膚の一部あるいは全部が剥離した状態をいう。 擦過型(scrape)と圧挫型(crush)とに大別されるが,移行型もある。 表皮剥脱はその部位に外力が直接作用したことを示す損傷である。

  1. scrape (brush) abrasion: 擦過による表皮剥脱

     粗慥な面や,尖った部分が角度をもって作用して生ずる。 一般には高度な皮下出血等を伴わない。交通事故損傷などでは高度かつ広範囲にわたる場合もある(graze (sliding) abrasion)。 剥離表皮片の付きかたにより,擦過(作用)の方向が推定できるが,必ずしも容易ではない。

  2. impact (pressure) abrasion: 打撲・圧迫 による表皮剥脱

     鈍体が垂直に近い角度で作用する。骨が直下にあるところにできやすいが, 腹部等にも生じる。作用物体あるいは介在物の作用面の形や紋様が 印象され(patterned abrasion),成傷器の 推定が可能な場合がある。

  3. 受傷時期の推定

    表皮剥脱は新旧を判断することがある程度可能である。

    1. 痂皮(血痂)形成(1日以内)

      フィブリン,血清,赤血球(受傷後2時間程度),次いで白血球(6時間程度)が 浸潤し,層をなす。

    2. 上皮の再生(1〜3日程度)

      表皮剥脱縁および毛嚢から上皮の再生が起こる。

    3. 肉芽形成(1週間程度)と上皮の過形成(10日程度)

      再生上皮の皮下でリンパ球の集簇が見られ,上皮形成が盛んになり角化層が形成される。

    4. 治癒(2週間程度)

      上皮は薄くなり,膠原線維や基底膜が明瞭になる。

    これらの所見はすなわち生活反応(vital reaction →p.[*])である。

表皮剥脱は生命への危険がほとんどない上,放置しても痕跡を残さず治癒する場合が多いので臨床上重視されないが,外力の作用点,作用方向(角度),あるいは成傷器の形状を推定するのに有用であるため,法医学的には極めて重要である。

3.5 皮下出血(bruise)

鈍体が皮膚に作用して,皮下の血管が破綻して皮下組織内に出血をきたした状態をいう。
  1. 打撲・圧迫が主たる成傷機転であるが陰圧によって生じることもある。 また皮下出血はその部位の直上(表面)に外力が直接作用して生ずるだけでなく, 外力作用部位以外にも生ずる。
  2. 皮膚を切開して出血を確認する場合,切開時に断面から血液が流出するが, 生前の皮下出血であれば血液は膠着していて拭い去ることができない。 これが死後の出血と鑑別点となる。
  3. 皮下出血は生活反応といっていいが,死後でもしばらくは強い外力作用が加われば生ずることがある。
  4. パターン損傷(patterned injury)となることがある。 この場合成傷器の凸部だけではなく,凹部の紋様を反映することもある。 またバット等の打撲により,被打撲部位の両側に2条の皮下出血を生ずることがある (二重条痕,tramline bruise)。
  5. 治癒過程で皮下出血の色調は変化するが, この変化は個々の例で大きく異なるので, それにより受傷後の経過時間を推定することは一般的には困難とされる。

3.6 挫創・裂創(挫裂創 laceration)

鈍体が強く打撲・圧迫的に 作用した部,およびその周辺にかけてできる 創をいう。わが国およびドイツの成書では挫創と裂創とを区別して記載しているものが多く,挫創とは鈍体が強く打撲・圧迫的に作用した部の組織挫滅により生ずる(crush)創をいい,裂創とは鈍体が打撲圧迫的に作用した部の近傍または離れた部位の皮膚が伸展して生ずる(shear)創とする。しかし両者は極めてしばしば混合形をとり,挫裂創として観察される。なお,英米ではlacerattionとして一括して扱われることが多い。

図 3.2: 挫裂創の一般的理解。挫創は外力作用部に生じ, 裂創はその延長線上などに生ずる。したがって挫創は表皮剥脱を伴うことが多く, 裂創はこれを欠くが両者は連続的に現れ,厳密な区分ができないことも多い。
Image laceration\includegraphics[width=10truecm, clip]{laceration.eps}

なお裂創のvariationに伸展創(stretch striae)がある。 これは背部より車両に衝突された際,鼠径部に皮膚割線の方向に一致して生じた創などをいう。

  1. 骨で裏打されている部位すなわち頭部等に好発し,腹部等には生じにくい。
  2. 一般に細長い作用面を有するものは線状の挫裂創を作り, フラットな作用面を有するものは不整形のものを作ると考えてよいが, 例外はそれこそゴマンとある。
  3. 創洞に断裂を免れた線維・血管等の組織架橋(tissue bridging) が認められる。これが切創とのもっとも重要な鑑別点である。
  4. 打撃の方向により弁状となる。反対側(打撃側)は 表皮剥脱がつくことがある。
  5. 性状
    1. 創端:鈍〜鋭
    2. 創縁:直線状〜不規則,表皮剥脱がつくことがある。
    3. 創壁:組織架橋を認める。

  6. デコルマン(Decollement traumatique, avulsion, 剥皮創)

     皮膚が圧迫的に伸展され,皮膚と筋膜等が剥離し, その間隙(ポケット)に血液等がたまった状態をいう。創口を形成していてもいなくてもこの名称が用いられる。

3.7 臓器別鈍器損傷

3.7.1 骨(骨折・切痕)

  1. 直達骨折(direct fracture):横骨折,粉砕骨折等
  2. 介達骨折(indirect fracture):圧迫骨折(椎骨), らせん骨折(長管骨)。 ほかに肋骨骨折,骨盤骨折,鎖骨骨折などに見られる。
  3. 骨盤骨折

     一般に圧迫(前後,左右方向)により生ずると考えられているが打撲によって生じることも多い。好発部位としては,恥骨上下枝,恥骨上枝と坐骨, あるいは恥骨結合や,仙腸関節の離開が挙げられる。

  4. 肋骨骨折

     前胸部からの圧迫によっては前胸郭外側,背部からの圧迫によっては傍脊柱部に生ずる。直達骨折では肺刺創,稀に心刺創を生じうるという。 一方介達骨折は交通事故やchild abuseに見られ,胸膜や肺の損傷をともなう。 また心肺蘇生術によっても生ずるが,この場合周囲の軟部組織出血は一般に少ない。

3.7.2 胸腹部臓器

3.7.2.1 心

  1. 挫傷

     前胸部の直接打撲により生じ,拡張期に起こすといわれている。 一般には治癒するが,稀に壊死から破裂を生じる。

  2. 心臓振盪(commotio cordis)

     前胸部の直接打撲の直後に循環不全を起こし,肉眼的損傷を残さないものをいう。 予後がきわめて不良とされている。

  3. 破裂

     他の胸部損傷を合併するのが一般的であり,右室に多い。心タンポナーデ(cardiac tamponade)の原因となる。

  4. 冠状動脈(LAD)の損傷も稀に起こる
  5. 交通事故ではハンドル損傷(steering wheel injury),ダッシュボード損傷(dashboard injury)として心損傷を起こすことがある(→p.[*])。
  6. CPRによる心損傷もまれに生ずる。

3.7.2.2 肺

挫傷,破裂,肋骨による刺創など。強い圧迫により,気管支が断裂することがある。

3.7.2.3 肝

  1. 上腹部右側の打撲圧迫(単独損傷が起こる)あるいは腹部全体の圧迫(合併損傷を生ずる)により破裂を生ずる。
  2. 右葉損傷は左葉損傷の5倍程頻度が高く,交通事故でもこの傾向がある。ただし子ども虐待(→p. [*]) では左葉の破裂が多い。
  3. 成傷器と脊柱との間に挟まれた場合は左右に離断される。
  4. 交通事故において躯幹の轢過があればほぼ必発である(→p.[*])。
  5. CPRによる肝破裂もまれに生ずる。
膵:
前方からの強い圧迫で第2腰椎との間に挟まれて破裂する。
脾:
左側腹部の打撲により生ずる。遅発性破裂に注意が必要。
腸管・腸間膜:
腹部の打撲・圧迫により脊柱との間で狭圧される。
  1. 鈍器損傷による腸管の破裂は比較的稀。
  2. 腸間膜の破裂の頻度は比較的高く,合併損傷がなければ予後は比較的良いが,大血管を損傷すれば致死的たりうる。
膀胱:
骨盤骨折に合併する。ただし尿充満時には下腹部の打撃により骨盤骨折に随伴することなく起こりうる。

3.7.3 頭部損傷(craniocerebral injuries)

頭部損傷は主として頭部・顔面の打撲により生ずるが,頭蓋内損傷は打撃性損傷 (impact injuries)と加速減速損傷(acceleration/deceleration injuries)とに 分類される。

  1. 打撃性損傷:鈍的外力の作用による局所的効果
    1. 頭皮の損傷

      挫裂創,表皮剥脱,皮下出血など。出血量は比較的多いが,致死的な損傷となることは稀。

    2. 頭蓋骨骨折
      1. 頭蓋冠骨折:破裂骨折(bursting fracture)。しばしば縫合離開(diastasis)に続く。線状骨折では打撃部位は骨折線上あるいはその延長線上にある。ほかに局所の形状として以下のものがある。
        1. bending fracture:作用面が比較的狭い鈍体の強い打撲等により,打撲部位が陥凹し,その代償として周囲が膨隆する形で骨折する。時にpatterned fractureとなる。また鋭器でも生じうる。
        2. depressed fracture(陥没骨折):作用面が比較的狭い物体が比較的大きな運動エネルギーを持って頭部に作用して生ずる。頭皮の挫裂創をともなうことが多い。
        3. penetrated fracture: 作用面が比較的狭い物体が高速で衝突して生ずる(→ p.[*])。
      2. 頭蓋底骨折(skull base fracture)
        1. 横骨折(transverse hinge fracture, motor cyclist's fracture) :側頭部打撲による。錐体・トルコ鞍を横走するもの,前頭蓋窩を横走するものなどがある。
        2. 縦骨折(longitudinal fracture):前頭部打撲等による。交通事故で見られる。
        3. 輪状骨折(ring fracture):突き上げ(fall)や引き抜き(impact to the chin)による。


        [参考] ブラック・アイ(black eye ,lacoon sign, 眼鏡出血): 眼窩部(上下眼瞼)の皮下出血をいう,成因として"C0眼窩の直接打撲,"C1眼窩板(orbital top)の骨折,"C2前頭部・頭頂部の頭皮の出血の浸潤(gravitational seepage)が挙げられる。

    3. 硬膜外血腫(epidural hematoma)

       骨折線による硬膜の動脈の損傷で,中硬膜動脈に好発する。すなわち側頭部打撲などによるものが多く,転倒によっても生ずる。典型的には清明期(lucid interval)を経て数時間後に発症する。血腫量が100$ml$前後で脳幹部圧迫(ヘルニア)等を起こし致死的となる。

    4. 外傷性くも膜下出血(traumatic subarachnoid hemorrhage)

      1. 脳挫傷や硬膜外出血に合併して生ずるものは,脳の表在血管の破綻によるもので比較的限局性に認められる。
      2. 顔面打撲等により椎骨動脈や脳底動脈に亀裂が生ずるものは,頭蓋底に広範なくも膜下出血を生ずることがあり,内因性くも膜下出血との鑑別が必要となる。
    5. 脳挫傷(contusion)

       脳組織自体の出血・壊死など。通常は皮質穹隆部に生ずるが,高度になれば皮質下にも広がる。

      1. 同側挫傷(coup contusion)は,打撃部位直下の脳皮質に生じ,頭蓋骨の可塑性変形によるものである。
      2. 対側挫傷(contrecoup contusion)は打撃側の対側に生じるもので,頭蓋骨と脳の相対的な動きの差や,頭部の動きの際に頭蓋内に圧勾配が発生するのがその原因と考えられている。
      3. 一般的な傾向として,墜落・転倒の場合は対側挫傷が生じやすく,殴打等移動する物体が直撃した場合は同側挫傷が顕著にでるとされる。
      4. 頭部がフリーな状態にあれば,前方からの打撃では同側挫傷が,後方からの打撃では対側挫傷が生じやすい。
      5. 外力作用がより強力な場合,脳裂傷や脳挫滅といった,高度な脳実質損傷を生ずる。

    6. 外傷性脳内出血(traumatic intracerebral hemorrhage)

       比較的稀ではあるが,前頭葉・側頭葉白質等に生ずる。 受傷から発症まで数日を要することもあり,病的出血との鑑別が必要である。

  2. 加速・減速損傷(acceleration/deceleration injuries)

     頭部が全体として急激に動かされて生ずる脳損傷。頭部の急激な位置変化,加速度を有する動きにより生じるので必ずしも頭部打撲を必要としない。

    1. 急性硬膜下血腫(acute subdural hematoma,SDH)
      1. 加速減速損傷としての急性硬膜下血腫は急激な加速度の変化により,脳表面と静脈洞を連絡する橋静脈(bridging vein)の損傷による。一方打撃損傷としての硬膜下血腫は脳挫傷等を出血源とする。
      2. 一般に硬膜外血腫より強い外力が作用しており,しばしば受傷直後から意識障害がある。
      3. 血腫による圧迫のみでなく,急性の脳腫脹を合併しやすく,脳ヘルニアを起こし死亡するepidural hematomaよりも長い時間をかけて形成される。
      4. 基本的に頭蓋骨骨折とは関係がない。
      5. 脳においては患側よりも健側の浮腫が強い(これは硬膜外血腫においても同様である)。その理由としては,非常にしばしば対側挫傷を合併すること, 患側では血液は脳回に入り込む一方,対側の脳は圧迫されることなどが挙げられる。
      6. 子ども虐待(→ p.[*])の死因としてもっとも多い。
    2. 外傷性軸索損傷(traumatic axonal injury, TAI),びまん性軸索損傷(diffuse axonal injury, DAI)

       脳に占拠性病変を有しないが,受傷当初より重篤な意識障害等が認められ,重症な場合回復することなく死亡する。顔面などに加えられた外力により,頭部に加速度が加えられたことにより生ずる。受傷6〜12時間後以降に死亡した場合光顕的にも所見がでる(retraction ballなど)。頭部の挫滅を伴わない頭部外傷による死亡の2/3は急性硬膜下血腫とびまん性軸索損傷であるとされている。一般にSDHの方がDAIよりも,速く短い動きにより生ずるとされている。臨床的には意識焼失時間などにより重症度が分類されており,中等度以上のDAIは交通事故によるものが圧倒的に多いとされる。


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Aoki
2010年2月3日