役に立たない法医学講義

法医学実習によるモンティ・ホール・ジレンマの理解


青 木 康 博

岩手医科大学法医学教室


 まず,次の2つの問題を読んでいただきたい。 某医科大学法医学の試験に出された問題で,問題1が本試験, 問題2が再試験で出題された。


問題1. 某医科大学の法医学実習で,ヒト血痕1つを含む3つの斑痕 (以下A斑痕,B斑痕,C斑痕とする)について血痕検査をし, いずれがヒト血痕であるかを調べる課題が出された。 この際,検査を始める前に各自どの斑痕がヒト血痕であるかを予想し, これが的中した場合には試験に際しボーナス点を与えるというふざけた 取り決めが学生と某教員との間でなされた。 そこで,P君はあてずっぽうで一旦B斑痕を選択した。実習開始にあたり, 正解を知っている某教員がP君に対し 「B斑痕がヒト血痕かどうかを今教えることはできないけど,A斑痕, C斑痕のうち A斑痕はヒト血痕ではないよ」 といってA斑痕の血痕検査をして見せた。 反応陰性である,すなわちA斑痕は正解(ヒト血痕)ではないことを確認したP君に対し, 某教員は「今なら選択を変えてもいいよ」と言った。 P君が本当にボーナス点を得たいと思った場合, 確率的見地からは選択を(C斑痕に)変えるべきであるか,変えざるべきであるか, あるいは変えても変えなくても同じであるか,理由とともに述べよ。


問題2. 某医科大学の法医学実習で,ヒト血痕1つを含む3つの斑痕 (以下A斑痕,B斑痕,C斑痕とする)について血痕検査をし, いずれがヒト血痕であるかを調べる課題が出された。 この際,検査を始める前に各自どの斑痕がヒト血痕であるかを予想し, これが的中した場合には試験に際しボーナス点を与えるというマジメな 取り決めが学生と某教員との間でなされた。 そこで,P君はあてずっぽうで一旦B斑痕を選択し実習を開始した。まず 各斑痕につき血痕予備試験(注:スクリーニング検査の一種。詳細は後述参照)を行ったところ,A斑痕のみが反応陰性であった。 すなわちA斑痕は正解(ヒト血痕)ではないことが確認された。ここで, 某教員は「今なら選択を変えてもいいよ」とP君に言った。 P君が本当にボーナス点を得たいと思った場合, 確率的見地からは選択を(C斑痕に)変えるべきであるか,変えざるべきであるか, あるいは変えても変えなくても同じであるか,理由とともに述べよ。


 問題の理解のために血痕検査について簡単に説明する。 ヒトの血液が付着していると疑われる斑痕について, それが本当にヒトの血液であるか否かを検査する場合 以下の順序で検討がなされる。

  1. その斑痕は血液の可能性があるか
  2. その斑痕は血液であるか
  3. その斑痕はヒト血液であるか
 1.の検査で陽性になれば2.の検査,2.で陽性になれば3.の検査と進んで, 当否が判定される。実際には現在2.の検査は省略されることが多く, 1.→3.の順で行われるが,このことはここではあまり問題にならないので 詳しくは述べない。 要するに1.の検査はスクリーニングであり,陽性になったものについて 3.の精密検査で確認がなされるということである。 1.の検査を血痕予備試験といい,3.の検査を人血試験という。


 問題1,2においてP君はいずれも三者択一の問題を出され, 一旦選択した後に新たな情報が与えられ二者択一となり,そこで選択を変更するか否かを問われているのだが, その違いについて考えてみる。問題1では結果を知っている教員が,P君が 選択しなかった2つの斑痕のうちの1つをハズレだと教えてくれる。ここで実際に 血痕検査をして確認したというのは,教員が嘘をついていないことを示しているに すぎない (これをちゃんと書いておかないと学生は教員が嘘つきか否かについての検証という 何とか論理学の世界に飛んでいってしまう。教員が信用されていない,やりにくい時代である(^^;)。 この場合P君が最初にハズレを掴んでいれば,つまりB斑痕がハズレであれば, 教員がもう一つのハズレを教えてくれたわけであるので,選択を変更すれば必ず当たりを掴むことになる。 一方P君が最初に当たりを掴んでいれば,選択を変更した場合必ずハズレることになる。 そして,最初に当たりを選択する確率は1/3であるのに対し ハズレを選択する確率は2/3であるので,選択を変更することにより 当たる確率(期待利得)は2/3になり,答は選択を変えた方がいいということになる。 これがモンティ・ホール・ジレンマ(Monty Hall Dilemma)と呼ばれる問題である。 ここでポイントはたとえP君が最初に選んだ斑痕がハズレであっても, 選択を変える前にそれはハズレですよといわれることはないということである。

 一方問題2について考えてみると,P君がB斑痕を選択した後スクリーニング検査をやったら,A斑痕がヒト血痕でないということが判明した。このあとB・C斑痕についてさらに人血試験を行ってどちらかがヒト血痕であることが判明することになる。すなわち,この実習では3斑痕のうち1つが血痕予備試験で振るい落され,もう1つが人血試験で振るい落される。したがって,P君が最初にB斑痕を選択した直後には どの斑痕もスクリーニングで振るい落される確率が1/3あり,B斑痕が 振り落とされなかったのは偶然2/3の方に入ったにすぎず, P君は選択変更を打診される前にアウトになってしまう可能性が1/3あったのである。 換言するとハズレる確率2/3のうちの半分,すなわち1/3はスクリーニング検査の際に「消費」されており, 残っているのは精密検査で振るい落とされる確率1/3と,めでたく当たる確率1/3のみであるので,選択を変えても変えなくても当たる確率は同じであるということになる。

 さて,話が前後するがモンティ・ホール・ジレンマという名の由来について簡単に述べる。この問題はわが国ではポール・ホフマン著, 平石律子訳「放浪の天才数学者エルデシュ」(草思社)の中で,エルデシュも間違え, 納得しなかった問題として紹介され広く知られるようになった。 モンティ・ホールが司会をつとめるテレビのゲーム番組 Let's make a deal の出演者は3つのドアのうち1つを選ぶようにいわれる。 1つのドアの後ろに車がおいてあってこれが賞品,他の2つのドアはハズレである。 最初に出演者が1つのドアを選ぶと, 車がどのドアの後ろにあるかを知っているモンティ・ホールは,出演者が選ばなかった2つのドアのうち ハズレのドア(の1つ)を開けて見せた上で,「今なら選択を変えてもいいですよ。 どうしますか」と聞く。さてどうしたらよいか。 出演者に残されている道は最初の選択を変えないか, あるいは変えてもう一つのドアを選ぶかであり, 確率的にどっちが有利であるかという問題である。

 最もはしょった答えかたをすれば,「選択を変えない場合に当たる確率は1/3。 選択を変えてハズレるのは最初に当たりを引いていた場合で, それ以外は当たるわけだから選択を変えて当たる確率は1-1/3=2/3となる。 したがって選択を変えた方が有利」といったところだろう。しかし, これは直感的な理解が難しく,説明を受けても「理解はするが納得はできない」 気分に陥るというので,このような名で呼ばれるようになったのである。

 冒頭に示した2つの問題は,別に学生をイジメるつもりで作ったのではく, 2種の違った状況を想定することで, このモンティ・ホール・ジレンマが理解しやすくなるのではないかと思い考案した。 それにしてもこの問題のどこが法医学と関係があるのかという問いがなされそうだが, このモンティ・ホール・ジレンマは個人識別の際の確率計算に用いられる ベイズ式確率分析の考え方を説明する格好の材料であるといえばいえるのである。 はっきりいって相当苦しい(^^;。ま,ともかく(^^;;, ホフマンの著作の中にもあるが,確率は必ずしも事象にのみ属するのではなく, 情報が得られて予想が洗練されることにより変化しうるのである。


 しかし,そうはいってもこの問題を試験に出す前には本当に間違ってないか正直若干ビビッた。そこでモンテカルロ法でシミュレーションをしてみた。 正攻法でいくのならプログラムを書けばいいわけだが, よく考えてみると少しややこしいところがあって,難しそう。 面倒くさいのでエクセルでやってゴマカした(^^;。

 スプレッドシートの設計は以下の通り

  1. まず当たりを決める。これはA列に均一乱数を発生させ,その値によって,3つに分ける。当たりの斑痕がどれであるかをB列 第2行から第1001行に表示させた。つまり1000回試行することになる。 C列にはA斑痕が当たりならば1,B斑痕ならば2,C斑痕ならば4をそれぞれ表示させる。
  2. 次に学生が最初に選ぶ斑痕を決める。これも上と同様に行う。D列に乱数を出し,E列に選択する斑痕,F列にそれに対応する数値を表示させる。
  3. G列には学生が最初の選択時に当たりの斑痕を選んでいるかどうかを数値で表示させる。 当たっていれば(すなわち C列の値=F列の値 の時)1,外れていれば0とする。これは学生が選択を変えない時に当たるか否かを意味する。したがって,G列の総和を試行回数1000で割れば選択を変えない時に当たる確率が算出される。
  4. H列にはやはり乱数を発生させ,その値によってI列に0または1を表示させる。 これは,仮に学生が最初に当たりを選んでいる場合に,教員が残り2つのどちらの斑痕をハズレだと示すかをランダムに決めるための変数である。
  5. J列にC列とF列の値の和を表示させる。これもハズレと示す斑痕を選ぶための変数となる。
  6. ハズレと示す斑痕はK〜N列で表示させる。K列は学生が当たりを選んでいる場合で,C列とI列の値によって示すハズレ斑痕が決まる。L列は学生がハズレを選んでいる場合で,この場合はJ列の値によって示すハズレ斑痕が決まる。M列にはK列またはL列と同じ 表示がでる。すなわち2列に表示されたものをM列1列で表示させる。N列にはM列の値が Aならば1,Bならば2,Cならば4を表示させる。
  7. O列にはF列とN列の値の和を表示させる。これにより,最初に選択した斑痕と, ハズレとして示された斑痕の組合わせが数値として表わされる。
  8. P列に選択を変える場合に選ばれる斑痕が表示される。これはO列の値により 定まる。
  9. B列とP列を比較し,選択を変えた場合に当たるか否かをQ列に表示させる。 当たっていれば1,外れていれば0とする。Q列の総和を試行回数1000で割れば選択を変えない時に当たる確率が算出される。

 おおよそこんなスプレッドシートを作り,1000回の試行結果を見ると, 選択を変えない場合に当たる確率が0.313, 変えた場合に当たる確率が0.687となり予想とほぼ一致した。

 ついでに問題2もシミュレートしてみた。スプレッドシートの設計は以下の通り。

  1. A〜D列は上述のスプレッドシートのA〜F列までと同一で,数値化は不要なので当該列は省いてある。
  2. E列で乱数を発生させその値によりF列に0または1を表示させた。これは スクリーニングで振り落とされる斑痕を選択するための変数である。
  3. B列の値とF列の値によりスクリーニングによって振り落とされる斑痕を決め,G列に表示させる。
  4. D列(最初に選んだ斑痕)とG列が同値であれば,学生は選択を変えるか否か悩むことなくあえなく第1関門(スクリーニング)でアウトということになる。同値ならば0,異なっていれば1をH列に表示させ,第1関門でアウトになる確率を算出できるようにする。
  5. H列が1の場合,すなわち第1関門を通過した場合,B列とD列が等しいか否かを同様にI列に表示させ。ここで 選択を変えない場合に当たる確率が算出でき,0が表示された数を数えれば選択を 変えないでハズレる確率が算出できる。
  6. H列が1の場合,選択を変えることにより選ばれる斑痕をJ列に示し,それが当たりか否かをK列に同様にして表示させる。これにより選択を変える場合に当たる確率が算出できる。

 結果はスクリーニングで振り落とされる場合が1000回中315回,したがって選択を変えるか否かを選べるのは685回で,この時選択を変えないと313回当たり,変えると372回当たった。すなわち,この場合は選択を変えても変えなくても当たる確率はほぼ同じと推定された。

 子供騙しのような方法であまり厳密なシミュレーションではないのだが,それでも実際にやってみると2つの状況の違いが明瞭になり,モンティ・ホール・ジレンマを理解するのに有効であると思われた。ファイルのサンプルをアップロードしてあり,問題1のシミュレーションはcheat,問題2のそれはscreeningというワークシート上にあるので興味があれば参照されたい。

 繰り返しになるが,問題1では選択を変えるか否かを迫られる機会が1000回中1000回あり,問題2では1000回中687回しかないのであって,どっちの場合にも選択を変えないで当たるのは313回しかなく,それ以外の場合は選択を変えていれば必ず当たるのである。 これを別の面から言うと,最初の選択の後に得られた情報の質の相違に注意を払う必要があるということであろう。


追記:私はエクセルで誤魔化したのですが,京都女子大学の小波秀雄さんがCGIを用いて来訪者が実際に結果を確かめることができるウェブサイトを公開しています(2005年9月26日)。


Aoki
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2001年11月22日