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No.7「こころを発達させる窓 眼と頭の協調運動をとおして」

「環境と子どもの健康 最前線⑦」では、認知神経心理学を専門としている名古屋市立大学の中川敦子先生に、乳児の発達と眼球と頭部の強調運動について解説していただきました。
日々成長していく赤ちゃんの視覚の発達について、何気ない眼の動き、頭の動きからのぞいてみましょう。

はじめに

「眼は口ほどにものをいう」「眼は心の窓」と言われるように、視線の動きには「こころ」の状態が強く反映されます。人間の場合、外界から受けとる情報の80%を視覚が占めているとも言われていますが、私たちは日常生活において、気になることに自然と視線を向けています。ですから、視線の動きを測ることで、その人の関心の対象を測ることができると考えられて研究が進められています。一方、私たちは、視線をある対象に向けている時でも、そこに注意を向け続けているのではなく、無意識のうちにその対象から離れて、興味を惹きつける別の対象に注意を向けることができます。たとえば、講演会などで、講演者のほうに視線は向けているけれども、頭の中では夕飯のメニューを考えている…というような場合です。
つまり、多くの場合、私たちは注意の向いた場所やものに視線を移動させますが、注意を移動することは眼球運動を伴わなくても可能なのです。では、赤ちゃんも視線と独立して注意を移すことができるのでしょうか?名古屋市立大学心理学研究室ではこのような注意の発達を明らかにするために、赤ちゃんの眼球運動を研究しています。

誕生時の視力

眼球運動は胎児期から観察され、生まれたばかりの赤ちゃんはゆっくり動くものを眼で追うことができます。しかし、彼らの視覚能力は低く、明暗の区別がつきますが、視力はかなり低いです。また、視野(眼を動かさないで見ることのできる範囲)が限られているため、視野周辺の対象に眼球をひきつけるのも難しいといえます。それでも、対象の輪郭を見る傾向があり、ひとの顔には注意を向けやすく、眼を好んで見ることが報告されています。

注意で絆を育む

生後1ヶ月ごろからは対象を注視することが可能になります。生後1~3ヶ月の乳児の眼は、はっきりした輪郭線の繰り返しであるチェッカー盤(市松模様)のような刺激にひきつけられ、釘づけになるかもしれません。一方、乳児の長い注視は養育者の眼にも向けられ、両者の絆を育むと考えられています。電車のなかで、赤ちゃんに何の臆面もなく、じっと見つめられた経験はないでしょうか?このように長く注視をする時期は、乳児が見ている対象から注意を解放する(そらす)ことができるようになる生後4ヶ月ごろに終わります。

注意を開放する

生後約4ヶ月で、それまで養育者の顔を注視することが多かった乳児が、養育者の先に広がる世界に、視覚的な興味を示し始めます。
注視している対象から注意を解放する能力が急激に発達するのです。このことは、以下のような課題を用意して乳児の眼球運動を録画しておき、1コマずつ分析することで実証できます。回転したり伸びたり縮んだりするカラフルな視覚刺激を用いて、彼らの注意をまずスクリーンの中央に向けさせ、次に同じような視覚刺激をスクリーンの左あるいは右に呈示して、注意を移動させるというような課題です。

眼と頭の協調運動

では視線を移動させるとはどういうことでしょうか?われわれが視線を移動させる時、眼球のみが眼窩(眼球の入っている骨のくぼみ)内で運動しているとは限りません。眼窩をそのなかに含む頭部の運動が加わることが多く、わたしたちは眼球と頭部の運動を協調的に働かせてものを見ていると言えます。
眼と頭部の協調運動では、たとえば視野の周辺に不意になにかがあらわれると、まず非常に速い眼の動き(サッカード)が起こって、眼のなかで最も視力(解像度)の高い部分(中心窩)でその対象をとらえます。次に頭が眼と同じ方向に回転し始めます。しかし、この頭部運動がおこることで、先行した眼球運動によってとらえられた対象は、最も視力の高い部分をはずれることになります。そこで眼は頭が動いている間、見るべき対象が眼のなかで最も視力の高い部分にとどまっているように(視線をはずさないように)頭部の運動とは反対の方向に回転運動を行うのです。

眼と頭の協調運動の発達について

系統発生的に充分な眼球運動システムを持たない動物では、興味ある対象を見るさいに、眼球ではなく頭そのものを頻繁に急速に回転させることがわかっています。たとえば眼球運動がほとんどできないフクロウの首の回転は270度まで可能と言われています。個体発生的にも初期であればあるほど、頭部の役割が大きい可能性があり、一般的に、乳児は、刺激となる視対象を眼球と頭部を動かして追い、眼球運動だけで対象が追えるようになるのは、かなり後になってからと考えられています。
このような眼球と頭部の協調した運動の発達についてまだよくわかっていません。そこで私たちの研究室では、先にお示ししたような課題をやっている時、赤ちゃんに頭の動きの目印として額に絆創膏で小さなマーカーを貼ってもらい、眼球の運動といっしょに録画してきました。記録したものから、乳幼児がスクリーン中央から左右へ視線を動かす時、眼と頭のどちらを先に動かしたか、反応時間を算出しました。ひとつひとつの反応を、眼の方が早く動いたもの、頭の方が早く動いたもの、眼と頭が同時に動いたものに分類した結果、月齢が低いと眼が早く動く反応の数が少なく、眼と頭を同時に動かすような反応が多いことがわかりました。

見ることで学ぶ

今回は眼と頭の協調運動の結果をお話ししましたが、生後1年の間に人の「見るシステム」は目覚ましい発達をとげます。乳児は生後半年までに対象に注意を向けることができるようになり、見るという行動を通して、それぞれの文化のなかで重要な情報がなにか、どこをどのくらい長くみればいいのかを学んでいくと考えられています。
成人における日米間の文化差の例として、写真などを見たとき、アメリカ人は比較的その写真の中心にある物体あるいは人に主に注意を向けるのに比べ、日本人は物体や人のおかれた背景にも注意を払うことが報告されています。成人に見られるこのような注意傾向の文化差はどのように獲得されるのでしょう?
養育者は文化の代表者として、乳児の時からどこをどのくらい見ればいいかを教えており、人の社会的な相互作用や情景の精査のパタンに影響を及ぼしていると考えられているのです。