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No.5「生まれてくる子どもたちにとってよりよい生殖補助医療を」

今回のテーマは、「生殖補助医療」。 生殖補助医療とは、不妊治療など妊娠を達成させる様々な方法を総称したもののことです。名古屋市立大学大学院の産婦人科学講師の佐藤剛先生にわかりやすく解説していただきました。

2012年のノーベル医学・生理学賞は、iPS細胞に関する研究業績に対して京都大学の山中伸弥教授に授与されました。 様々な分野へ応用可能な夢のある研究成果で、今後の臨床現場への早期の導入、応用が期待されます。
それでは、3年前、2010年のノーベル医学・生理学賞は、誰のどのような研究に贈られたかご記憶でしょうか。 2010年は、ヒトの体外受精について研究し、1978年に世界初の体外受精児を誕生させた業績により英国のロバート・エドワーズ博士が受賞されています。 この技術はその後世界中に普及し、現在までに400万もの新たな命の誕生の助けとなり、不妊症に悩むご夫婦に大きな福音をもたらしてきました。
しかし、一方で生殖補助医療の母体や子どもへの影響やリスクについてはこれまで十分なデータはなく、不明なことも多く残されています。 今回は、生殖補助医療の与える影響について、これまでの報告をもとに説明いたします。

日本の生殖補助医療の現状

体外受精を含め、卵子および精子を体外で扱う医療技術を生殖補助医療と総称します。 わが国の体外受精による出生は1983年の報告が最初で、これまで27万人あまりのお子さんが誕生しています。 2010年の統計によりますと、591の施設で242,017件の治療が行われており、登録施設数、治療総数は世界最多です。 治療の結果、28,945人のお子さんが出生しており、これは総出生児数の2.7%を占め生殖補助医療による出生はめずらしいことではなくなっています。

生殖補助医療の妊娠への影響と対策

◇多胎妊娠・早産の増加と対策

 不妊治療、特に排卵誘発剤の使用や生殖補助医療の普及による多胎妊娠と、それに伴う早産の増加が母体のリスクに繋がる深刻な問題として指摘されてきました。 わが国の全妊娠の多胎率は1%前後を推移していますが、2000年頃の生殖補助医療による多胎率は15%以上でした。
このような状況に対し、日本産科婦人科学会は移植する受精卵の数を制限することでその抑制に努め、それにより多胎率は急速に減少しました。2010年の報告では、多胎率は4.7%まで低下しています。 生殖補助医療だけでなく不妊治療全般にいえることですが、妊娠の成立だけを目指すのではなく、母体や子どもの安全を考慮しリスクの少ない単胎妊娠を目標とすることが重要で、我々も常にそのことを念頭において日々治療にあたっています。

◇胎盤への影響の可能性

近年、生殖補助医療による妊娠では、前置胎盤(本来内子宮口から離れて子宮の上方に位置する胎盤が内子宮口を覆っている状態で、大出血の危険性がある)や胎盤早期剥離(児が子宮内にいる状態で、胎盤が子宮壁から剥がれてしまうもので、母児ともに非常に危険な状態に陥る)が増加する可能性が報告されています。 原因は不明ですが、不妊原因や年齢など患者さん自身の因子との関連も指摘されています。
しかし、同一患者さんの自然妊娠と生殖補助医療での妊娠との比較でも後者の方が前置胎盤が多く、何らかの関連があることが推測されます。生殖補助医療により妊娠された方の健診では、このようなことにも注意が必要であるといえます。

生殖補助医療の子どもへの 影響の有無について

生殖補助医療を受けるご夫婦にとって、子どもに対する影響の有無やその内容は最も大きな関心事であることは言うまでもありません。 それについてのわが国の統計は十分とは言えませんが、現時点で異常を増加させるという明確なデータはありません。 2010年のデータでは先天異常の頻度は1.5%であり、自然妊娠と比較して差はありません。 目、心臓、生殖器の異常や小児期の悪性腫瘍発症のリスクが高まるとの海外の最近の報告もみられますが明確な関連は証明されておらず、基本的には同年齢女性の自然妊娠と同様と理解してよいと思われます。 ただ、受精方法として顕微授精(顕微鏡下で細いガラスの管を用いて精子を直接卵子に入れる方法)を行った場合は、子どもの染色体異常の増加がいくつかの報告で指摘されています。 しかし、親由来のものや親の年齢による影響を除外すれば頻度としては1%未満であり、過度な心配はしなくてよいと思われますが、顕微授精が必要な場合には実施前に十分な情報提供をすることが必要です。

着床前診断について

着床前診断とは、受精卵から1〜数個の細胞を採取して異常の有無を解析し、移植する受精卵を決定する方法です。

異常がある場合は移植しないという対策をとることができ、遺伝性疾患を持っていたり保因者である両親にとって不安無く妊娠を開始・継続できるという利点があります。 1990年に最初の妊娠出産例が報告され、その後欧米を中心に普及してきており、日本では2004年より臨床応用されています。 日本では対象を重篤な遺伝性疾患や染色体転座に起因する習慣流産に限っており、施行前に学会の審査を受けることになっています。 我々の施設では、以前より受精卵の遺伝情報解析の研究を行っており、学会の承認を受けて実際に本診断が有益であると考えられるご夫婦に施行しています。 着床前診断では受精卵から細胞を採取するため、その影響が懸念されます。 これまでの報告では、通常の体外受精に比較し、特定の産科合併症の増加はなく、子どもの先天異常の発生、出生後の発育・発達等へも影響はないとされていますが、歴史は浅く詳細については今後明らかにされていくと思われます。

生まれてくる子どもの健康と家族の幸福のために

最初の体外受精で出生したルイーズ・ブラウンさんは昨年の7月で34歳になり、自然妊娠でお子さんも出産されています。 生殖補助医療が普及・定着してきたのは、治療効果の高さとともに安全性にも問題がないと分かってきたことも一つの要因と言えます。 しかし、成年期以降の影響は未知数で、今後も生まれてきたお子さんたちを長期間に渡り注意深く見守ることは必要であり、その積み重ねから分かってくる事柄は、この治療に関わるご夫婦とお子さんにとって有益な情報となることは間違いありません。 そして、それらの情報をもとに、治療の時点ではまだ存在しないお子さんの健康と家族の幸福を考えてこの治療法を改善していくことは、我々の重要なつとめの一つです。
生殖補助医療で生まれたお子さんの調査は、日本では確立されたシステムがありません。エコチル調査では、調査項目が多岐にわたり、しかも長期間に及ぶため、諸外国から報告されていたことの日本での状況や、現在は詳細不明の事柄の解明につながることが期待されます。 皆さんのご理解とご協力、そして多くの方々の本調査へのご参加をどうぞよろしくお願い致します。