瑞友会のご案内

瑞友会会長ごあいさつ

会長就任ご挨拶 -2期目の会長就任に当たって-

[掲載日:2018年5月31日]

第10代会長 山本喜通氏
瑞友会会長  山本 喜通

2期目2年間の会長を仰せつかりました、山本喜通(S51)です。副会長は引き続き、水野 章先生(S49)、伊藤弘美先生(S56)、飛田秀樹先生(H3)にお願いしました。どうぞよろしくお願いします。

「単なる親睦会を脱し、より存在感がある同窓会に成長する。」これが2年前に会長に就任した時の抱負で、微力ながらその実現に努力してきました。この2年間での一番の成果と言えば、第49回総会(2016年6月25日)における附属病院との共催シンポジウム「名市大グループ病院の未来を考える ~人に育てられ、人を育てる~」を契機として、名古屋市立東部・西部両医療センターの大学病院化に向けての動きや、蒲郡・豊川両市民病院との連携が加速してきた事だと思います。これからも同窓会は強力な会員ネットワークを使って、医学研究科/医学部/附属病院の発展に、サポーターとして協力します。

名古屋市立大学医学部の前身である名古屋市立女子高等医学専門学校は太平洋戦争戦時下の1943年4月1日に開校しました。そこから数えて本年2018年は医学部創立75周年に当たり、10月27日(土)には医学研究科/医学部との共催で記念式典を開きます。また、記念誌発行についても、式典に間に合わせるべく現在鋭意準備中です。この記念誌は、取りあえずDVD版を全会員に配付し、冊子体は後日作成する予定にしています。一方、1983年の40周年記念事業として同窓会館を建設(完成は1988年)して以来の大型プロジェクトを実現したいとの方針で、同窓会の運営委員会でまず同窓会館に匹敵する案を出しあってきました。

そうした中、私がある突拍子もないアイデアを思いつきました。1994年に地下鉄桜山駅が完成し、それ以来2016年の退職まで、私は毎日桜山駅を使って通勤してきました。当時、そこを通るたびに思っていたことですが、地上に上がる階段やエレベーターの右手に結構広い空間があり、その東側の壁をぶち抜いてまっすぐ掘り進めば病院の地階にたどり着く筈であると。聞くところによれば、附属病院への地下道を作る計画があったとか。現在の病棟・中央診療棟開院は2004年ですから、その建設の際には(多分予算の関係で)地下道は実現せず、地下鉄を降りた患者さんは病院までの100m以上の道のりを、屋根で雨こそしのげますが、暑さ寒さの厳しい地上を今でも歩いています。そこで私は大型プロジェクトとして、この立ち消えになった地下道を作ることを運営委員会に提案し、賛同を得て実現性を検討することになりました。

100m以上の地下道建設にどれほどの費用がかかるか全く検討がつかなかったため、まずおおよその見積もりを出してもらいました。返ってきた10億円はかかるでしょうとの回答を聞いた時には、さすがにこの計画をほとんどあきらめかけましたが、そこに一筋の光明が射し込みました。現在地上通路になっている場所に、明日にでも発生するかも知れない大地震に備えて災害救急棟(仮称)を建設することが計画され、今年度予算には調査費が付きました。大きな建物が建てば当然地下部分も建設されるため、地下道建設も夢ではありません。ただ、この建物の完成にはまだ何年もかかる予定ですので今年度中には間に合いませんが、前述のように40周年記念の同窓会館建設に5年かかった前例もありますから、このプロジェクトを75周年事業として企画することも無理ではないと考えます。具体化した際には皆様に寄付をお願いすることになりますが、地下道には寄付を頂いた方の銘板を掲げ、地下道建設の意義や経緯を明記することにしていますので、その際はご協力よろしくお願いします。

この原稿を書いている最中、第6代会長山本俊幸先生(S32)の訃報が届きました。先生とは私が名古屋市厚生院在任中からのご縁で、先生が同窓会長をされていた時も大変お世話になりました。ご冥福をお祈りします。

水野章副会長
水野章副会長

伊藤弘美副会長
伊藤弘美副会長

飛田秀樹副会長
飛田秀樹副会長


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