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No.019「社会賞受賞の挨拶」

[会報119号(2013年9月30日発行)より]

豊川市民病院名誉院長 角岡秀彦(S32卒)

この度は名古屋市立大学「瑞友会賞」受賞の栄誉に浴しご推薦・ご選考に当たられました諸先生をはじめお世話になりました恩師・会員・友人の諸兄に厚く御礼申し上げます。

私は昭和32年3月の卒業式には代表としてご挨拶させていただき、その後在日・米空軍病院にてインターン修了後は恩師・藤浪修一教授主宰の『第2外科学教室』に入局後全国で20名のフルブライト・留学生として渡米し2年後には外科のChief Resident候補 にnominate されまた美人で聡明な恋人らしき米人医師もいましたが医局の命令で泣く泣く帰局したことがほろ苦くまた懐かしく思い出されます。

藤浪修一・永井良治の両名誉教授(故人)と正岡 昭名誉教授のご指導を仰ぎつつ小児外科を担当させていただき(そのお陰で小児外科学会・名誉会員を拝命しました)オーストラリア・シドニーの州立大学・客員教授として数ヶ月間滞在しましたが、幸か・不幸か一度も関連病院に勤務することなく助手・講師・助教授として勤務しておりましたが、豊川の名市長と云われ今は故人の山本芳雄氏から強烈な三河弁で「アンタが来て"この某大学関連の豊川『死人』病院を『市民』病院にしておくれん」との熱いお誘いを頂戴し昭和57年11月第4代目・院長 岩波辰一先生の副院長として赴任し、そして翌年には院長に就任し定年2年延長の17年間勤務後平成12年3月に市民病院としては初めての「名誉院長」を拝命して退職後、長縄伸幸氏設立の各務原市内の介護老人保健施設の施設長としてお手伝いしお役目も終わったと思っていた頃豊川市の由緒ある医家の設立した介護老人保健施設からお呼びを頂き施設長として5年間勤務後退職し豊川の地にて永住を決意し今は妻と愛犬と平穏な余生を送っております。

最後に、岸川先生・佐々木先生また市民病院の優秀なスタッフ達に恵まれましたこと心より感謝しております。本当にありがとう。

故・藤浪教授から教えられました「STELLEを守れ」=与えられたポジションにおいてベストを尽くせと解釈してそのように生きてきた事を申し伝えておきます。

ありがとうございました。