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No.008「瑞友会賞受賞の挨拶」

[掲載日:2010年3月19日]
愛知県医師会会長 妹尾 淑郎(S36年卒)

小生は昭和36年、名古屋市立大学を卒業した者であります。

去る6月27日開催された瑞友会総会で同窓会賞を賜り誠に身にあまる光栄と感激の極であります。心より同窓会の皆様始め花井謙次会長に感謝申し上げます。

小生は卒後、鉄道病院(現在のJRセントラル病院)でインターンを修了し、母校の耳鼻咽喉学教室に入局、大学院修了後、江南市の厚生連昭和病院(現在の厚生連江南厚生病院)に赴任、赴任中父の死に遭遇したため帰教することなく、父を後継することとなりました。

教室時代は耳鼻咽喉科教室にアレルギー外来を新設(昭和37年)し、専ら鼻アレルギーに取り組んでいました。 当時は未だアレルギーグループのスタッフも少なく、開業後も大学外来を週1回ではありますが担当し、 夜は研究室に出入りしていましたが、グループより河田博先生、加藤哲二先生、丸尾猛先生が学位を授与されたことにより教室を去ることとしました。

その後はゴルフ三昧、夜は他業種のゴルフグループと夜な夜な歓楽街へとの生活を送ることとなりました。 お陰様でゴルフはシングルプレイヤーとなることが出来ました。本当によく遊んだものです。 そうこうするうちに当時の馬場俊吉教授の勧めもあり再度の大学の門をたたくこととなり、 昭和52年10月より新設間もない藤田学園に出向くこととなりました。 当時の主任教授は私の一年先輩の故岩田重信教授であり、教授は心良く私を迎えてくださいました。

再度、市大時代と同様、週1回のアレルギー外来の担当と研究、学生実習、夜な夜な開催される医局会にという生活でありました。 昭和52年当時は今では国民のすべてが知っているスギ花粉症が注目され始めた頃でありましたので、 空中花粉の調査を開始し、名古屋地方のスギ花粉情報をテレビ局に提供していました。 その結果、今では春になると全てのマスメディアがスギ花粉情報を提供するまでになっています。 岩田教室に入局して間もなく、地域の医師会活動に参加することとなり、学問と医師会活動という二足の草鞋を履くこととなり、大変苦労しました。

藤保大のアレルギーグループから内藤健晴先生、小山恵三先生、石原正健先生が学位を取得されました。 その後、内藤健晴先生は耳鼻咽喉学教室の主任教授になられ、私は歓喜しましたことが思い出されます。 一方、私は徐々に活動の中心が医師会に向かうようになり、 名古屋市医師会千種区副会長、名古屋市医師会千種区会長をへて平成8年4月に名古屋市医師会長に就任したことにより藤田学園を去ることとなりました。 平成8年4月から私は大学時代と打って変わり、医師会史、医学史、社会保障論、社会福祉論、医療経済学、組織論、健康保険法、医学情報誌等を読むようになりました。 その内、今でも印象に残っている書は、近代医学の史的基盤、公共の哲学、哲学の50年、戦後医療保険制度の歴史、医療サービス市場の勝者、再分配政策の政治経済学などであります。

その後、平成12年4月には愛知県医師会副会長、平成18年4月には愛知県医師会長になり、現在は日本医師会理事、全国医師国民健康保険組合連合会長を兼務しています。

今回、花井謙次会長のご推挙により名誉ある賞を賜りましたが、平素は瑞友会活動に何も貢献していませんでしたので、 これを機に少しでも同窓会活動に尽力してまいりたく心を新たにしている所であります。