センター主催講演会

「てんかんモデルラット(SERとNER)における原因遺伝子の同定」

京都大学大学院医学研究科附属動物実験施設 北田一博 先生

〔講演要旨〕てんかんモデルラットにおける原因遺伝子の同定研究を進めてきた我々のこれまでの知見を紹介したい。SERにおける原因遺伝子であるtmとziについては、ポジショナルクローニング法によって、それぞれaspartoacylase遺伝子とmahogany/attractin遺伝子であろうことが示されている。これらの変異が、如何にてんかん発症に結びつくか、現在考えられる可能性を考察する。一方、複数の遺伝子支配と環境の効果を受けるNERについては、未だ原因遺伝子が明らかにされていないが、これまで得られたゲノムマッピングの結果と共に、同定にむけてのstrategyを紹介したい。

はじめに
  近年、ゲノムサイエンスは急速に進歩し、様々な医学研究の領域に多大な影響を及ぼしている。実験動物の領域においても例外ではない。特に、平成13年2月に、ヒトゲノムの95%をカバーしたドラフトシークエンスや、注釈のつけられた2万1千のマウスcDNA情報が正式公開されたというニュースは記憶に新しい。これらの情報が医学生物学のフィールドに寄与する貢献度は極めて大きく、マイクロアレイを用いた遺伝子発現量の定量やクラスタリング、タンパク分子間の相互作用について、精力的に研究が進められている。この方向性をさらに発展させていくためには、ヒトやモデル生物の表現型リソースの整備が必要不可欠となる。この観点から、実験動物学を専門とするわれわれのグループでは、「てんかん」を研究対象に掲げ、他の専門分野の研究者と共同で、(1)本邦独自のてんかんモデルラットを開発し、(2)ポジショナルクローニング法を用いることにより、その原因遺伝子の同定研究を進めてきた。本稿においては、われわれが独自に開発したてんかんモデルラットであるSERにおける原因遺伝子同定研究について紹介したい。さらに、複数の遺伝子支配と環境の効果を受けるてんかんモデルラットNERについて、簡単に最近の知見を紹介したい。

1. SERに関する原因遺伝子の同定研究
 自然発症てんかんラット(Spontaneous Epilepsy Rat、SER)は、Kyo:Wistarラットから生じた突然変異tm (tremor)とドイツのSprague Dawley系から生じた別の突然変異zi (zitter)の両方を保持する二重突然変異ラット(tm/tm, zi/zi)である。このラットは、欠神様発作と強直性けいれん(間代発作を伴う場合あり)の2種のてんかん発作を自発的に発症するとともに、中枢神経系における海綿状神経変性、それに伴う振戦、両性における配偶子形成不全、被毛、触毛の異常といった多彩な病態を示す。SERにおいて既存の抗てんかん薬の発作抑制効果を検討したところ、トリメタジオンとエトサクシミドは、欠神様発作を抑制するものの強直性けいれんには効果がなく、逆に、フェニトインは、欠神様発作は抑制せずに強直性けいれんのみに抑制効果が認められるという結果が得られている。さらに、フェノバルビタールとバルプロ酸では、共に抑制効果が認められる。これらの結果は、ヒトの臨床における発作抑制効果と同等のものであり、SERは抗てんかん薬の薬効試験に有用であることを示すものである。実際に、ピラセタムやクロバザムといった薬剤について、SERを用いて薬効試験が実施され、厚生省で認可されるに至っている(広島大学医学部笹征史教授らとの共同研究による)。これらの知見は、に示すごとく、SERにおけるてんかん発作の発症機構の少なくとも一部のpathwayは、ヒトにおけるてんかん発作発症機構と対応するものであり、これを根拠にポジショナルクローニング法を用いたtm 遺伝子とzi遺伝子の同定研究を開始したわけである。
 tm 突然変異は、欠神様発作と疾走発作を自然発症させ、他にも中枢神経系における海綿状神経変性、振戦、触毛・被毛の異常、配偶子形成異常といった多彩な症状を引き起こす。まず、交配試験により、tm 遺伝子をラット第10染色体(10q24)上にゲノムマッピングした。続いて、マウスの豊富な遺伝学的ツールや情報を活用するため、tm 遺伝子の存在する領域と相同なマウスゲノム領域を第11染色体のセントロメアから37cMの領域であることを確定した。これは、ラットマイクロサテライトマーカーをマウスゲノムに応用し、比較マッピングを行うことにより達成した。われわれは、このストラテジーを「ゲノムシフトアプローチ」と呼んでいる。さらに、この相同領域についてBACクローンによるコンティグを構築し、この領域内のDNAマーカーをクローニングして、tremorラット(tm/tm )のゲノム編成について検討した。その結果、tm/tmゲノム中に200kb以上の欠失が見いだされ、その領域内には嗅覚受容体遺伝子群、カプサイシン受容体遺伝子、およびアスパルトアシラーゼ(ASPA)遺伝子の位置することが判明した。前二者は、共に感覚器受容体であり中枢神経系に発現しない。したがって、候補遺伝子から除外した。一方、ASPAの欠損は基質であるN-アセチルアスパラギン酸 (NAA)を脳内に蓄積させるとともに、ヒトのASPA欠損症は、脳白質部における海綿状神経変性を主徴とする遺伝性のCanavan病として知られている。事実、tremorラットゲノム上ではASPA遺伝子の全領域が欠失し、検索したすべての臓器において発現のみられないことが明らかとなった。そこで、ミュータントの受精卵にASPA遺伝子を導入して検討した結果、中枢神経系における異常表現型の回復が観察され、ASPA遺伝子が原因遺伝子であることが証明された。
 さらに、tremorラットの中枢神経系におけるNAAの蓄積量を検討したところ、NAAの蓄積量と空胞変性の間には明瞭な相関関係が認められた。すなわち、NAAの蓄積により海綿状神経変性が引き起こされる可能性が示唆された。また、正常ラット及び自発性の欠神様発作を発症する週齢よりも若いtremorラットの脳室内にNAAを投与して検討したところ、用量依存的に欠神様発作やけいれん発作の出現することを観察した。さらに、海馬スライス切片を用いた解析では、NAAはCA3錐体ニューロンにおける脱分極シフトと頻回発射を用量依存性に引き起こし、この効果は長時間持続した。以上の結果は、NAAに神経興奮毒性作用のあることを示唆している。現在、この仮説を検証するため、さまざまな角度から研究を行っている最中である。
 一方、zi突然変異を保持するzitterラット(zi/zi)は、ドイツのSDラットコロニー内で発見され、中枢神経系においてミエリン形成不全と空胞変性を示す。特に、行動上、後駆の上下動の振戦が現れ、高週齢になると後駆に弛緩性の麻痺が出現する。なお、てんかん発作は認められない。tremor ラットの場合と同様に、zi突然変異についても、ラットとヒトの比較遺伝子地図を作製しながらポジショナルクローニングを進めた。すなわち、交配試験によりzi遺伝子をラット第3染色体(3q35)にゲノムマッピングし、続いて、この領域をカバーするコンティグを完成させた。その後、ヒト相同ゲノム領域である第20染色体上の20q13領域近傍にマップされていた遺伝子やEST(Expressed sequence tag)について、zi遺伝子領域内に存在するか否かを検討した。このストラテジーにより、比較的容易にzi遺伝子領域内に存在する10個の転写単位を同定することができた。これらの転写単位のうち、マホガニー/アトラクチン遺伝子のみが、zitterラットの脳内で発現が著しく減少していることを見出した。シークエンス解析において、この遺伝子の第12イントロンにおけるsplice donor siteに8-bpの欠失が存在していることを見出した。正常ラット脳内では(正常ヒト脳内でも同様)、alternative spicingにより、膜型タンパクをコードする9kbのトランスクリプトと分泌型タンパクをコードする4.5kbのトランスクリプトが発現している。どちらの転写産物がミエリン形成に必須の機能を有しているかを検討するため、ミュータントの受精卵に別々に2種の正常遺伝子を導入して、回復試験を実施した。その結果、膜型アトラクチン遺伝子を導入したトランスジェニック個体のみ、ミエリン形成不全と空胞変性が回復するという結果が得られた。
 マホガニー/アトラクチン遺伝子産物は、EGFドメイン、CUBドメイン、c型レクチンドメインを持っており、この遺伝子がコードする膜型タンパクは何らかの接着因子の機能を有するものと推測される。現在までに、この遺伝子産物の機能として、(1)メラノコルチン受容体を介して、毛色および代謝のコントロールにかかわる機能と、(2)マクロファージ遊走能のコントロールにかかわる機能について報告されてきた。これらの機能に加え、われわれの結果から、中枢神経系におけるミエリン形成機能が新たに追加された。おそらく、マホガニー/アトラクチン遺伝子産物はニューロン-グリア間の接着もしくはシグナル伝達に関与しており、その機能異常によりSERにおけるてんかん発症が増強されるものと推測される。

2. NERに関する原因遺伝子の同定研究
 Noda epileptic rat(NER)は、畜産生物科学安全研究所の野田らが長年の歳月を費やして確立した特発性全般てんかんのモデルラットである。全般性強直間代けいれん(GTC)を自然発症したCrj:Wistarラットコロニー内の一対のペアーから、選抜および兄妹交配を重ねることにより、ほぼ全例でGTCを自然発症する近交系を開発した。このラットはまた、欠神様発作を示すとされている。しかしながら、光顕レベルの病理検査においては、顕著な形態学的異常は報告されていない。
 われわれは、このラットにおける原因遺伝子を同定すべく、交配試験を実施した。開発経緯からして、複数の遺伝子支配と環境の効果を受けることが予想されたため、放り上げ刺激の有無による違った環境下でフェノタイピングを実施するとともに、その交配系に対して全ゲノムスキャニングによるゲノタイピングを行った。その結果、てんかん発作感受性遺伝子として、第1染色体上、第3染色体上、第5染色体上の3つの遺伝子座が見出され、それぞれNer1Ner2Ner3と命名された。Ner1Ner3は、非放り上げ刺激下で相互作用を示し、両遺伝子座でNER型の対立遺伝子をホモに持つ個体は、ほぼ全例GTCを発症する。一方、Ner2は放り上げ刺激下でのみ検出され、環境の効果を受けるものと推測された。
 現在のところ、これら原因遺伝子の同定には未だ至っていない。われわれは、特にNer1Ner3を対象にして、コンジェニック系統を作成している。このコンジェニック系統と対照系統との間で交配試験を実施することにより、もしくは作成する途上で、正確な感受性遺伝子のマッピングが遂行できるとともに、両者間でマイクロアレイ等を用いた遺伝子発現の比較を行うことにより、てんかん発作にかかわる分子メカニズムが推測できるのではないかと期待している。

最後に
 以上、われわれのてんかんモデルラット(SERとNER)の研究事例を紹介した。ゲノムサイエンスの発達により、遺伝子機能の解明を支援する実験動物科学の重要性がますます増大すると共に、実験動物科学もまた、その成果を取り入れることにより新たな進化を遂げることが可能な状況となった。今後、さまざまな生物医学研究者らの要請に対応すべく、われわれは「てんかん」モデルラットに限らず、広く疾患モデルラットを開発していく計画を企画している。

謝辞
 これらの研究は、広島大学医学部薬理学教室、福井医科大学小児科、ながら医院、田辺製薬、YSニューテクノロジー研究所、国立がんセンター研究所発がん研究部、畜産生物科学安全研究所、住友化学との共同研究によって行われた。

参考文献
1. Kitada, K., Akimitsu, T., Shigematsu, Y., Kondo, A., Maihara, T., Yokoi, N., Kuramoto, T., Sasa, M. and Serikawa, T. Accumulation of N-acetyl-L-aspartate in the brain of the tremor rat, a mutant exhibiting absence-like seizure and spongiform degeneration in the central nervous system. J. Neurochem, 74: 2512-2519, 2000.

2. Akimitsu, T., Kurisu, K., Hanaya, R., Iida, K., Kiura, Y., Arita, K., Matsubayashi, H., Ishihara, K., Kitada, K., Serikawa, T. and Sasa, M. Epileptic seizures induced by N-acetyl-L-aspartate (NAA) in rats: in vivo and in vitro studies. Brain Res, 861: 143-150, 2000.

3. Kuramoto, T., Kitada, K., Inui, T., Sasaki, Y., Ito, K., Hase, T., Kawaguchi, S., Ogawa, Y., Nakao, K., Barsh, G. S., Nagao, M., Ushijima, T. and Serikawa, T. Attractin/Mahogany/Zitter plays a critical role in myelination of the central nervous system. Proc Natl Acad Sci USA, 98 (2): 559-564, 2001.

4. Maihara, T., Noda, A., Yamazoe, H., Voigt, B., Kitada, K. and Serikawa, T. Chromosomal mapping of genes for epilepsy in NER: a rat strain with tonic-clonic seizures. Epilepsia 41 (8): 789-790, 2000.

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