感染症および発生研究のための遺伝子疾患モデルマウス

北海道大学大学院獣医学研究科 実験動物学教室 渡辺智正

 マウスは、実験動物の中で最もよく使用されている動物である。その遺伝学的研究はヒトと並んで詳しく進んでいる。遺伝子工学の進展により、トランスジェニックマウスやノックアウトマウス作出という技術が出現し、マウスでしか行えない研究分野が誕生している。さらに、そのゲノム解析は、PCRとマイクロサテライトマーカーの開発によりポジショナルクローニングという新しい技術を登場させた。これもまたほとんどマウスでしか行えない技術である。
 私たちの研究室では感染症研究と発生研究のために種々の遺伝子疾患あるいは遺伝子変異を示すマウスを利用している。今回、その中から以下の3つのテーマを紹介したい。

1.感染症において、病原体だけでなく宿主の遺伝的要因も重要であることは経験的によく知られた事実である。マウスではこれら微生物感染に関して抵抗性・感受性を決定する遺伝因子の存在が感染実験により研究されてきた。しかし、実際に原因遺伝子までクローニングされた例は少ない。その中で、Grosら(Cell, 1994)は、結核菌・サルモネラ菌などの細菌感染に対して抵抗性・感受性を決定するNramp1遺伝子をクローニングした。この遺伝子はマクロファージの膜タンパクをコードしている。したがって、直接細菌を攻撃する因子とは考えにくい。私たちは、その機能発現としてフリーラジカルの一種で注目されている一酸化窒素(NO)産生との関連を調べた。さらに、NO産生に至る経路の解析のため、TNFαノックアウトマウスを利用して解析している。

2.実験用マウスはインフルエンザウイルスを実験感染させると、きわめて感受性で、次々と死亡する。その原因として、インフルエンザウイルスの増殖抑制作用を示すMx1遺伝子が機能欠損であることが知られている。実験用マウスの中で、わずかにA2GとSL/NiAだけが抵抗性であり、Mx1遺伝子が機能的であることが報告されてた(Staeheliら,1988, Mol.Cell. Biol.)。私たちは、世界野生マウス由来系統を調べ、そのほとんどが実験用マウスと異なり、抵抗性型の機能的Mx1遺伝子を有することを見い出した。一方、Mx2遺伝子は狂犬病ウイルスなどのラボドウイルスに対して抵抗性・感受性を決定しているとされているが、これまで機能的なMx2遺伝子は全く報告されていなっかた。私たちは、同様に世界野生マウス由来系統を利用し、機能的Mx2遺伝子の存在を始めて明かにした。

3.Jumbled spine and ribs (Jsr )マウスは、自然発症突然変異マウスで中軸骨格に強い異常が見られる。この疾患は、交配実験により常染色体遺伝であることが明らかにされている。今回、成体の軟骨骨標本および11.5日齢胎子の組織標本の観察を行ったところ、Jsr の原因遺伝子は体節の分節前の段階で影響を与え、体節の細胞や椎板細胞の増殖に関わっていることが推測された。日本産野生マウスMOG系統を用いて1,026匹の亜種間バッククロス群を作成し精密マッピングを行った結果、Jsr は第5染色体にあるマーカー遺伝子D5Mit292からセントロメア側0.2 cMにマッピングされた。また、Jsr 近傍に位置する候補遺伝子のマッピングを行ったところ、ショウジョウバエの羽縁を形成する遺伝子のhomologであるLfng (lunatic fringe) 遺伝子がJsrと完全に一致した。Lfng 遺伝子のノックアウトマウスは、Jsr と表現型が類似しており、有力な原因候補遺伝子と推定された。さらに、Jsr 周辺領域を解析するためにBACライブラリーをスクリーニングした。得られたクローン解析から、Jsr 近傍の約380kbに渡るコンテイングを作成することができた。Lfng はこのBACコンテイングの中に含まれていた。

 

演者履歴

昭和45年名古屋大学農学部卒及び昭和47年同大学院修士課程修了する。実験動物育種で著名な近藤恭司教授の指導受ける。昭和47年より愛知県心障者コロニー発達障害研究所生化学部研究員となり、疾患モデル動物の遺伝生化学研究に従事する。昭和52年から2年間アメリカフィラデルフィアガン研究所に留学し、キメラマウスで有名なミンツ博士のもとマウスの発生遺伝学を学ぶ。帰国後、同研究所に戻り、昭和56年主任研究員、平成元年室長。この間、マウス疾患遺伝子の染色体マッピングを開始する。平成5年より北海道大学獣医学部実験動物学教室に赴任し、宿主感染抵抗性遺伝子及び発生関連遺伝子のゲノム解析を中心テーマに研究を進めている。