遺伝子操作マウスによる疾患モデルマウスの開発及び疾患原因遺伝子の同定

東北大学医学部附属動物実験施設 三好一郎

はじめに
 近年,遺伝子操作マウスは生命科学の研究に無くてはならない道具になった。特にヒトゲノムの配列が決定されるまでカウントダウンが始まった現在,その後の機能解析には必須である。よく知られているのは、トランスジェニックマウスと標的遺伝子組み替えマウスである。トランスジェニックマウスはクローニングされた遺伝子をマウスのゲノムに組み込ませ安定に発現させるために用いられる。標的遺伝子組み替えマウスは、特定の遺伝子(産物)の発現をできなくなったいわゆるノックアウトマウスやマウス自身の遺伝子をヒト型に置き換えたり、微少な変異を導入したマウスが知られている。遺伝子(産物)の機能の解明のためにはいずれの方法も必要である。いわゆるノックアウトマウスは遺伝子内のどのエクソンを破壊しようと基本的には一つの遺伝子に関して世界に一種類しか存在しないと考えられる。それに比較し、トランスジェニックマウスは、組込まれるマウスのゲノムの場所やコピー数がランダムであることから、解析が困難なことも多いが、各々がユニークなマウスである。今回、特にトランスジェニックマウスの典型的な応用例の幾つかを紹介し,合わせて(疾患)モデルマウスの開発及び疾患遺伝子の同定についてお話ししたい。

I. 下垂体腫瘍モデルの開発およびTSHプロモータ領域遺伝子の解析
 遺伝子の機能の発現に際し,その組織特異性や時期は重要な意味を持つ。多くの場合遺伝子の上流付近に存在することが知られ,従来,遺伝子の転写調節に関わるシスエレメントや転写調節因子は、主に細胞あるいはin vitroの系で研究されている。しかし、用いる細胞が限定され、また結果が細胞の性質ー特にレセプターや転写因子の影響は避けられない。組織特異的発現やその時期に関する制御ついての情報を得るためには、発現制御領域遺伝子ー標識遺伝子からなる融合遺伝子を導入したトランスジェニックマウスの個体レベルでの研究が有効なアプローチである。
 甲状腺刺激ホルモン(thyroid- stimulating hormone;TSH)はα鎖とβ鎖からなる28kdの脳下垂体前葉糖タンパク質ホルモンの一つで、下垂体前葉から分泌され、視床下部ー下垂体ー甲状腺系の調節に重要な役割を担っている。α鎖は卵胞刺激ホルモンなどに共通であり、β鎖はTSHに特異的である。TSHの発現調節は、主として甲状腺ホルモン(T3),ソマトスタチン、ドーパミンによる抑制、およびTSH放出ホルモン(TRH)やバゾプレッシンなどのニューロペプチドによる促進がある。それらは主に転写レベルで作用し、commonα鎖β鎖共にそのmRNA量を変化させるが、β鎖mRNAの変化の方が大きいと考えられている。即ち,TSHの発現および機能の特異性はβ鎖が担っていると考えられる。
 前述のように、TSHの発現調節機構も、in vitroの解析が中心である。そこで我々は、個体レベルでの情報を得るために、TSHに固有なβ鎖の5'フランキング領域ーSV40 largeT抗原(SVT)融合遺伝子を導入したトランスジェニックマウスを作成した。5'フランキング領域の長さから、pTTP-1(約1.1kbp)と命名された組み換え体DNAは、転写制御に関するシスエレメント(TATAボックスとCAATボックス,および,T3 応答領域,c-jun/c-fos(AP-1)と結合能のある配列,cyclic AMPやTRHへの応答領域,転写因子Pit-1/GHF-1が認識するコンセンサス配列等)をほぼ全て含んでいると考えられるので、組織特異的発現,あるいは、転写調節を期待できる。また,pTTP-5(約5.2 kbp)は更に上流域を含んでおり,より多くの情報を持つ可能性も期待された。
 pTTP-1導入マウス(TTP-1)は、同系、同週令正常個体に比べ、発育が悪く、雌雄とも4週令で肉眼的に区別でき、7週令ではその68.8%(雌)および53.7%(雄)の体重しかもたず,下垂体前葉に腫瘍を形成し、7-9週令で、前頭部から頭頂部にかけて顕著な膨隆を示すとともに衰弱死する。RT-PCR法にてm-RNAレベルでの導入遺伝子の発現を検索したところ、TTP-1マウスでは下垂体にのみ導入遺伝子が発現されていた。また、7週令の個体では、下垂体後葉あるいは中間部、視床下部との境界は明瞭であるものの、下垂体前葉は、細胞質に乏しい色素嫌性の未分化な腫瘍細胞に占められ、その一部は脳室まで拡がっていた。SVTの発現は、ほぼ腫瘍細胞の分布に一致するが、これは既に生後すぐの個体にも認められる。一方、TSHあるいはGH,PRL,LH,FSH陽性細胞は腫瘍の中には認められず、腫瘍塊に圧迫される形で一画に存在する正常細胞群に限局して検出された。
 この腫瘍から樹立した株化細胞(PCT-1)は、TSHα、およびβだけでなく、GHβやPRLβのm-RNAを発現していたが、LHβあるいはFSHβは検出されなかった。また、TSH放出ホルモン受容体およびGH放出ホルモン受容体のm-RNAを発現していたが、ゴナドトロピン放出ホルモンの受容体は検出されなかった。以上の結果から、PCT-1は、ゴナドトロープ系列ではなく、TSH・GH・PRL産生細胞の系列に由来し、各々のホルモンが単独で発現される以前の未分化な細胞の段階で導入遺伝子内のSVT遺伝子が発現して腫瘍化したものと考えられた。
 一方,上流約5.2kbpの5'-flanking配列とSV40 T抗原遺伝子からなる融合遺伝子pTTP-5を導入したTGマウス(TTP-5)でも下垂体前葉に腫瘍がみられたが、TTP-1に比較しやや分化度の高い細胞より成り、免疫組織学的にGHやPRL産生細胞が見られだけでなく広範囲にTSH弱陽性細胞が認められた。TTP-1マウスではSVTmRNAの発現は下垂体に限局されていたがTTP-5マウスでは,下垂体のみならず精巣にも発現されていた。また、正常マウスの精巣では、マウス内在性TSHαとβの両鎖のm-RNAが検出された。
 これまで、ヒトTSHβ鎖エクソン1の5'上流約1.2kbpの領域には、その転写調節に重要な因子がほぼすべて含まれていると考えられており、トランスジェニックマウスにおいて導入遺伝子がTSH産生細胞系列の前駆細胞で特異的に発現している事実と矛盾しない。しかし、より長い上流約5kbpの領域の制御の下では、トランスジェニックマウスの下垂体のみならず精巣にも導入遺伝子が発現すること、またマウス内在性TSHαとβの両鎖が精巣で発現していることから、この領域には、さらに転写制御に関する因子が存在する可能性が示唆された。

II. 先天性白内障マウスの疾患原因遺伝子の同定
 ヒトと同様の病態を示す変異マウスから疾患原因遺伝子の同定を行い,その機能を解析することも重要な方法の一つである。特に,疾患遺伝子が変異によってgain of functionである場合は,変異遺伝子を導入したトランスジェニックマウスで病気を再現できることにより証明できる。遺伝子変異のloss of function をノックアウトマウスで証明できることの裏返しである。
 東北大学医学部附属動物実験施設において,dd系を祖先系統とするDDI系の系統維持過程で,両眼に白濁点を有する異常個体を偶然発見した。これらの個体は開眼する約2週齢ですでに水晶体が白濁しており,ヘテロ個体で白内障に,ホモ個体では白内障に加え眼球重量が約1/2となる小眼白内障を発症している。交配実験を行ったところ,この白内障は常染色体上の単一遺伝子によって支配され優性遺伝することがわかった。病理学的には水晶体線維細胞の不整列および水晶体深部に壊死像が観察され,水晶体以外には特に異常は観察されなかった。水晶体細胞の不整列は13日の胚から始まり15日の胚ではさらに顕著になることから,この疾患遺伝子は水晶体形成に深く関与する遺伝子であると推測された。
 疾患遺伝子のマッピングを行うため,DDIマウスと日本産野生マウス由来の近交系MSMとの間の戻し交雑群114匹を作製し,マイクロサテライトマーカーを用いて連鎖解析を行った。その結果,第10染色体テロメア側に位置するD10MIT103近傍にマッピングされた。この領域には水晶体線維細胞に特異的に発現する膜タンパク質major intrinsic protein(Mip)が報告されていたため、白内障マウスの水晶体からRNAを抽出しRT-PCR法を行ったところ,正常のC57BL/6JおよびC3H/Heに比べ明らかに短い電気泳動パターンを示した.さらに塩基配列を決定したところ263アミノ酸から成るMipの第2膜貫通部位に4アミノ酸(12塩基)の欠損が確認された。Mipを原因遺伝子とする白内障マウスは2系統(CatFr, Lop)報告されていたので,これらのalleleである可能性が強く示唆された。そこで,水晶体で特異的に発現させるためにαクリスタリンプロモータを用いてこの変異タンパク(Mipdel)を発現するトランスジェニックマウスを作成した。同じプロモータの下流に正常のMipを結合した導入遺伝子を持つトランスジェニックマウスでは何の異常も観察されないのに比較し,Mipdelタンパクを発現するトランスジェニックマウスは,先天性白内障マウスと同様の病態像を呈した。このことは,Mipに生じた4アミノ酸欠損が何らかの機能を発現したために白内障が生じたことを示すものと考えられた。

III プリオン感受性モデルマウスの作製
 目的の遺伝子に変異を入れる等の質的な変化に加え,発現量の異なる系統を作成・比較することもトランスジェニックマウスでは可能である。挿入されるコピー数や染色体上の位置がランダムであることはトランスジェニックマウスが標的遺伝子組み替えマウスに比較して非科学的に感じる所以であるが,遺伝子の発現量の異なる系統を作出できる点は有用である。経験的にはゲノム遺伝子を骨格に持つ導入遺伝子の場合は挿入されたコピー数に依存する傾向はあるものの,一般的に発現量はコピー数に依存しないことが知られている。実際には確立された幾つかの系統間で発現量の異なるものを利用する。用いる遺伝子のプロモータが内在性のものと同じ機能を有し,一方でノックアウトマウスも作成されていれば,それらの交配により発現量が全くないものから過剰に発現している個体までを実験に使用することも可能である。
 プリオン病研究のためのモデル動物として、既にヒト型のプリオンタンパク遺伝子に置換された標的遺伝子組み換えマウス、あるいは、ヒト型プリオンタンパク遺伝子導入マウスが作製されている。しかし、伝播実験等では、導入遺伝子の発現および遺伝子産物のプロセシングがよりマウス自身のプリオンタンパクに近いものが適している。また、ヒトプリオンタンパク遺伝子には多型が見られ、その遺伝的多型とプリオン病の伝達・発症の関連などを実験可能にするモデルマウスが必要とされている。そこで,双方の問題点を考慮し、特に遺伝的多型を示す数種のマウス/ヒトキメラ型導入遺伝子を作製・導入し、野生型ヒトプリオンを持つトランスジェニックマウスの確立を試みた。また,この概念のもとに、ウシ、ヒツジのプリオン持つキメラ型遺伝子導入マウスを作製・系統化した。
 導入遺伝子の基本構造(約20kbp)は、129SVマウス由来promoterの下流にI/Lnマウス由来の5' UTR(exon1、およびintron1、exon2、intron2を含む)、そして129SVマウス由来のORFを含むexon3からなり、プリオンタンパクをコードするORFは、シグナルペプチドを含むN-末端、および、GPIアンカーが結合するC-末端は129SVマウス由来のものを用い、その間にヒト型プリオン遺伝子-codon 129 Met (chw)とcodon 129 Val (129)あるいはウシ、ヒツジ由来プリオンタンパクの配列が位置することになる。これは、マウスの内在性プリオンタンパクに近い形でプロセシングされた各々のプリオンの発現が期待できるユニークな構造の遺伝子である。
 導入遺伝子の発現は,mRNA・タンパクの両レベルで、プリオンタンパクの由来動物種・遺伝型に関わらずそのコピー数に依存しており、今回用いた導入遺伝子の構造が、マウス内在性プリオンと同様にプロセシングを受けた導入遺伝子由来のプリオンタンパクの発現に有効であったことを示すものと思われる。得られたマウスのうち、特に過剰(高)発現の個体・系統は、経過や程度の違いがあるもののプリオンタンパク遺伝子の由来動物種・遺伝型に関わらず削痩や歩行異常などの類似の症状を示し,組織学的にも顕著な筋組織の萎縮が観察された。
 ヒト型129-12(codon 129 Val)系統は、早いものでは2ヶ月から歩行異常・運動失調を示すが完全な後肢麻痺には16ヶ月以上を要した。他の系統も成熟後に発症し経過は緩やかであった。しかし、最も導入遺伝子を強く発現しているヒツジ型#58(ヘテロ個体)系統は、生後4週目で正常な同腹仔より矮小であるため識別でき、7-8週目には歩行異常および下半身の削痩が進行し9-10週目にはほぼ後肢が完全に麻痺した。このように、発症の時期やその経過は個体の年齢だけでなくプリオン蛋白の発現量に依存していることが示唆された。ヒツジ型#58およびヒト型129-12の両系統は顕著な筋組織の萎縮を示し、症状の原因の一つであると考えられたため、主に赤筋からなるSoleusと、白筋からなるTibialis anteriorを検討した。肉眼的にはSoleusの萎縮が特に顕著であった。顕微鏡的には、ミトコンドリアを多く含む赤筋の萎縮が著明であり、白筋と比較し赤筋の筋繊維の直径の低下が著明であり、中心核も存在した。筋繊維間の繊維化は認められず、また筋繊維の壊死も認められなかった。また、明らかなGroup atrophyも認められなかった。末梢神経の萎縮は認められなかった。筋病変の解析からは、明らかな神経原性、筋原性の萎縮を示唆するものは得られず現在神経・筋接合部の詳細な検討を行っている。
 ホモ個体でも緩やかに前述の症状を示すがヘテロ個体では正常に見えるヒト型129-12系統を用いて、プリオンタンパクの発現と個体発生との関連を検討した。胎仔齢11.5日には、神経管や交感神経節の細胞にプリオンタンパクが発現していた。13.5日齢の眼神経束のアクソン系、および下垂体、鼻粘膜の受容体細胞、嗅神経、三叉神経節、膵臓、筋層間神経叢、また、15.5日齢の副腎髄質、あるいは神経提から移動を終えた脳の神経細胞のアクソン等にプリオンタンパクが検出された。マウスの胎仔では、主に神経提由来の細胞がプリオンタンパクを発現していると考えられた。 プリオンタンパク遺伝子欠損(ノックアウト)マウスは,(異常型)プリオンの接種に抵抗性を示すだけでなく,老化に伴いプルキンエ細胞脱落による運動失調(平均415日),及び,後肢の麻痺等の症状を表し平均567日で後肢麻痺で死亡することが知られている。このノックアウトマウスをヒト/マウスキメラ型プリオンタンパク遺伝子を導入したトランスジェニックマウスと交配し,マウス内在性プリオンタンパク遺伝子を持たないヒト/マウスキメラ型プリオンタンパク遺伝子発現マウスを作製したところ,これらの症状がみられなくなった。これは,導入されたキメラ型プリオンタンパク遺伝子(産物)が,ノックアウトマウスの臨床症状を抑制していると考えられる。このことは,キメラ型導入遺伝子がマウス内在性のプリオンタンパク遺伝子と同様に神経系を正常に保つ機能を代償したことを示唆している。 マウス内在性プリオンタンパク遺伝子の除去されたヒト/マウスキメラ型プリオンタンパク遺伝子発現マウスは,ヒト異常プリオンに高い感受性を示した。更に,ヒトプリオンタンパク遺伝子の多型であるcodon 129のMetとValのいずれのタイプにも同程度の高い感受性を示したことから,この多型はプリオンの感染性には関連していない可能性が示された。また,プリオンタンパクの発現量の異なるこれらマウスの系統間でプリオン感受性試験を行ったところ,予想に反してキメラ型プリオンタンパクの発現量に依存して発症までの潜伏期間が延長した。このことから,導入遺伝子由来の過剰発現は必ずしもプリオンに対する感受性を高くしないことが明らかとなった。
 以上の結果は,東北大学大学院医学系研究科附属動物実験施設長 笠井憲雪を始め,北海道大学医学部附属動物実験施設あるいは獣医学部実験動物学教室(に在籍した)昆泰寛,山下匡,青山史郎,佐々木宣哉,真木一茂,高橋英機,波岡茂郎,小山内努,東北大学大学院医学系研究科附属動物実験施設(に在籍した)石垣貞夫,高橋一広,長岡淑子,岡村匡史,末田輝子,須田博美,理研ゲノムサイエンス科学総合研究センター 林崎良英,東北大学医学部 北本哲之,九州大学医学部 毛利資郎,の各博士との共同研究により得られたものである。