一般講演 8
中枢神経,神経提細胞特異的な癌型N-Ras発現による神経線維腫症病態モデルマウスの作製

齋藤 浩充
(三重大学生命科学研究支援センター機能ゲノミクス分野動物機能ゲノミクス部門)

背景:神経線維腫症(NF)には神経線維腫症I型(NF1),神経線維腫症?型(NF2)があり,それぞれ3000人,35000〜42000人に一人の発生率をもつ常染色体優勢の遺伝病である。NF1,NF2ともに皮膚に色素斑(カフェオレ斑)を生じ,神経線維腫,神経鞘腫,神経膠腫など神経系の腫瘍,副腎の褐色細胞腫などを高頻度に発症する。また,NF2では,患者の60〜80%が白内障を発症する。NF1, NF2は,それぞれ原因遺伝子であるneurofibromin, merlin 遺伝子の変異によって発症し,いずれの場合にもRasタンパクもしくはRasシグナル経路の活性化が報告され,症状との関連が示唆されている。Rasタンパク質には機能的に差があるN-, H-, K-Rasの三種類があり,いずれの分子も全身で発現している。NF1患者から得られた神経鞘腫の細胞株においてN-Rasの発現,活性ともに最も多いことがMattinglyらにより報告されている。そこで,NF1, NF2の症状におけるN-Ras経路活性化の関与を明らかにする目的で,NF1,NF2の症状が現れる神経系および,神経提由来の細胞,組織,及びレンズ上皮特異的に恒常的活性型(癌型)ヒトN-Rasを発現するマウスの作製を試みた。
方法:レンズ上皮,中枢神経系および胴部神経提由来の細胞,組織に特異的にCreタンパクを発現するCAMK2-Cre-Tgマウス,Creタンパク質による組み替えで癌型N-Rasを発現するflox-NrasG12V-Tgマウスを作製交配し,ダブルトランスジェニックマウスCAMK2-Cre-TgTg/+ ;flox-NrasG12V-Tg Tg/+を得て経時的に観察を行った。
結果:得られたCAMK2-Cre-TgTg/+ ;flox-NrasG12V-Tg Tg/+マウスは,生後から恒常的な皮膚の黒色化が観察された。黒色化した皮膚は,メラノサイトの増加をともないメラニン色素のケラチノサイト,マクロファージにおける異所的沈着,毛球における過剰な集積が観察された。生後3ヶ月で,黒色化した皮膚はS100免疫染色陽性の神経線維腫が発症した。また,副腎髄質にヒト神経線維腫で観察されるWagner-Meissner体を伴うS100免疫染色陰性の神経線維腫が発症した。若齢マウスのレンズ組織は正常であったが,生後4ヶ月までに後嚢化白内障を発症した。さらに,生後5ヶ月で,観察した16例中3例の背部皮膚に表面に突出した神経線維腫が発症した。腫瘍組織は,S100免疫染色陽性で脂肪粒,マスト細胞を巻き込みヒトの皮膚に発症する神経線維腫の組織像に一致していた。
考察:レンズ上皮,神経,神経提由来の細胞,組織での癌型N-Rasタンパク発現のみで,色素異常,皮膚の神経線維腫,白内障が再現された。この結果は,NFにおけるこれらの症状の発症がN-Ras経路の活性化により起こることを示唆している。一方,発症しなかった神経鞘腫,神経膠腫,褐色細胞腫の発症にはK-RasまたはH-Ras経路,もしくは両方の活性化が必要である可能性を示唆している。これまで,色素異常,皮膚に生じる神経線維腫の病態を再現したモデルは報告されておらず,作製したマウスは,治療法開発や病態解明に有用と考えられる。