センター主催講演会

「Chediak-Higashi症モデルであるベージュラットの原因遺伝子の解析」

信州大学医学部附属加齢適応研究センター・脈管病態分野 助教授 森政之 先生

〔講演要旨〕ベージュラットはヒトChediak-Higashi症(CHS)のモデルラットである。 我々は2系統のベージュラットの病因が、CHSの原因遺伝子CHS1のラットにおける真正相同遺伝子であるLyst遺伝子内に存在するL1間の組み換えに起因する部分欠失突然変異であることを証明した。クラスターとして存在するL1のうちの1つは現在もレトロトランスポゾン活性を維持していることが示唆された。他のCHSモデル動物を含め、遺伝子変異と臨床症状の種間の類似性と相違に関して紹介する。また、ラットLyst遺伝子内に発見された活性型L1レトロトランスポゾンの医生物学研究への今後の応用の可能性に関しても議論する。

〔はじめに〕ヒトChediak-Higashi症(CHS)は(1)好中球内での食胞とリソソーム顆粒の融合不良による殺菌力、好中球の走化性、NK細胞の活性の低下に起因する細菌や真菌に対する易感染性(2)血小板の凝集能が異常であることと、血小板内のADP、セロトニン貯蔵の障害に起因する出血傾向(3)メラノゾームの融合に起因する皮膚、毛髪の淡色化を主徴とする常染色体性劣性遺伝性疾患である。
 CHSに相当する自然突然変異は、マウス、ラット、ウシ、ネコ、キツネ、ミンク、シャチなど他の哺乳動物種でも報告されている。中でもマウスでのミュータントは発見も1957年と早く、長くCHSのモデル動物として使用されて来た。マウスミュータントはヒトと同様に被毛の淡色化を呈し、ベージュ色となることからベージュマウスと称される。マウスではこれまでに少なくとも7つのベージュ系統(=突然変異)が報告されている。ベージュマウスは淡毛色となる以外にも、免疫能の低下、易感染性、巨大顆粒細胞の出現、出血時間の延長など、ほぼ全ての面でヒトCHS患者にきわめて類似した表現型・病態を示す。また、ベージュマウスから得た細胞をCHS患者の細胞と融合しても巨大顆粒の消失が認められないことより、相同な遺伝子の異常によることが証明されていた。ヒトCHSおよびベージュマウスの原因遺伝子は1996年にpositional cloning法により単離された。CHSの原因遺伝子はChediak-Higashi syndrome-1 (CHS1)、ベージュマウスの原因遺伝子はlysosomal trafficking regulator (Lyst)と名付けられた。CHS1/Lyst遺伝子はcDNAで約14 kbの巨大なもので、3801アミノ酸からなるCHS/LYST蛋白をコードしている。CHS/LYST蛋白にはBEACH (BEige And CHS)ドメインなど、機能を有すると推測されるいくつかのモチーフが認められるが、遺伝子の同定後5年が経過したにもかかわらずその機能はいまだに不明である。CHS/LYST蛋白を培養細胞内で過剰発現させると通常より小さな多数のリソソームが形成されることより、予測された通り、これらの細胞内小胞の動態に深く関与していることが示唆された。CHS1/Lyst遺伝子の単離とともにCHSのいくつかの家系、および3系統のベージュマウスでCHS1/Lyst遺伝子の突然変異が証明された。興味深いことに、これらは1塩基置換によりストップコドンに変化するナンセンス突然変異、あるいは塩基の欠失により以下のコドンの読み枠がずれるフレームシフト変異であり、突然変異の位置は異なるものの全例がアミノ末端のみが残りカルボキシル末端を欠如した“途中切断型“CHS/LYST蛋白を生じる。このことはCHS/LYST蛋白の機能にはカルボキシル末端の存在が重要であることを示唆する。
 ラットでは本邦で発見された2系統のベージュラットが存在する。一方は1985年に浜松医科大学医学部附属動物実験施設のDA/Hamラットコロニー中に生じた自然突然変異体である(Nishimura et al., 1989)。その後の研究により、この自然突然変異ラットは淡毛色となる以外にも、免疫能の低下、易感染性、巨大顆粒細胞の出現、出血時間の延長など、ほぼ全ての面でヒトCHS患者にきわめて類似した表現型・病態を示すことより、ベージュマウスとともに同病の優れたモデルであると考えられ、ベージュラットと称された。(以降、DAベージュラットと称する)ヒトCHSとマウスのベージュ突然変異遺伝子(=Lyst)が単離されたことより、ラットのベージュ遺伝子の解析も可能となったことより、両ベージュラットの原因遺伝子の探索を行なった。

1. DAベージュラットのLyst遺伝子の解析
 交配試験による遺伝学的解析の結果、DAベージュラットの淡毛色の原因遺伝子は第17番染色体上で、ヒトでのCHS1を含む第1番染色体、マウスでのLyst遺伝子を含む第13番染色体とシンテニーが保存された領域に存在することが確認された(Nishikawa & Nishimura, 2000; )。この結果は、この原因遺伝子はLyst遺伝子であることを示唆した。そこで、DAベージュラットのLyst遺伝子の異常を検索した。
 始めに、cDNAレベルでの変異を解析した。ヒトのCHS1、およびマウスのLyst遺伝子のcDNAの塩基配列を参考として、PCR増幅用のオリゴヌクレオチドプライマーを設計した。DAベージュラット、及びDAラットの脾臓よりmRNAを抽出し、RT-PCR法によりLyst遺伝子のcDNAを得た。PCR産物の塩基配列を両系統で比較解析した結果、DAベージュラットでは578 bpの欠失が見い出された。DAラットでは3801個のアミノ酸からなるLYST蛋白が予測されたのに対し、DAベージュラットでは欠失により2597番目のコドン以降のフレームシフトが起こり、2611番目にストップコドンが予測された。この結果、DAベージュラットでは2610個のアミノ酸からなる、カルボキシル末端を欠失したLYST蛋白が予測された。“途中切断型“CHS/LYST蛋白を生じることはCHS患者とベージュマウスと同様であった。DAベージュラットのLYST蛋白も機能を喪失していると考えられる。
 次いで、ベージュラットのcDNAでの578 bpの欠失の原因を調査するために、染色体DNAの解析を行なった。578 bpの欠失部を含む染色体DNA領域をLA-PCR 法により単離し、その塩基配列をDAベージュラットとDAラット間で比較した。その結果、DAベージュラットでは578 bpの欠失部を構成する3個のエクソン(エクソン28, 29, 30)を含む約20 kbの領域を欠失していることが判明した。DAラットにおいては、エクソン27とエクソン28の間のイントロン28、およびエクソン30とエクソン31の間のイントロン30内に2個ずつのLong Interspersed Nuclear Element-1 (L1)配列があることが明らかとなった。仮にイントロン28内のL1をL1a、L1b、イントロン30内のL1をL1c、L1dとする。一方、DAベージュラットではこの欠失部を含むイントロン内には2.5個のL1が見い出された。以上の結果より、L1bとL1cの間での組み換えが欠失の原因であることが推測された。

2. ACIベージュラットのLyst遺伝子の解析
 1999年に京都大学大学院医学研究科附属動物実験施設のACI/Nラットコロニー中に淡毛色の自然突然変異体が発見された。その後の研究により、この自然突然変異ラットはヒトCHSに相当する異常を示すことが確認された(Yamasaki et al., personal communication)。また、交配試験による遺伝学的解析の結果、この淡毛色の原因遺伝子は第17番染色体上に存在することが確認された(Yamasaki et al., personal communication)。この結果は、この原因遺伝子はLystt遺伝子であることを示唆した。そこで、この淡毛色ラット(以降ACIベージュラットと称する)のLyst遺伝子の解析を行なった。
 cDNAレベルの解析では、DAベージュラットと全く同一の578 bpの欠失が判明した。 染色体DNAレベルの解析においても、DAベージュラットと同様に、L1bとL1cの間での組み換えが欠失の原因であることが推測される結果を得た。ただし、組み換え点はDAベージュラットよりもやや3'下流にあることが推測された
 2つの独立したラットベージュ突然変異において、非常に類似した組み換えが確認された。L1配列が密集するラットLyst遺伝子は組み換えを生じやすい可能性が示唆された。

3. L1の解析
 L1は全長約6.1 kbの分散型高頻度反復配列DNAファミリーの一つであり、自律的転移エレメント(レトロトランスポゾン)として1億5,000万年〜5,000万年前にかけて爆発的に転移増幅した後に、3,500万年前までにその活動は著しく衰退したと考えられている。その結果、哺乳動物ではハプロイドあたりのコピー数が約20〜50万(ゲノムの約5〜12%)にまで増幅した。L1の基本構造と転移増幅機構をに示す。L1は5'UTR 、2つのopen reading frame (ORFIとORFII)、3'UTRからなる。5'UTR にはプロモーター配列が存在する。ORFI産物は核酸結合蛋白、ORFII産物はエンドヌクレアーゼ/逆転写酵素である。3'UTR にはポリA配列が存在する。5'UTR内のプロモーターによりL1 mRNAの転写が開始され、細胞質でORFIとORFIIの翻訳が行なわれる。L1 mRNAと2つの翻訳産物は複合体を形成して細胞核に移行し、エンドヌクレアーゼにより宿主染色体DNAに切れ目を導入し、逆転写酵素によるL1 mRNAの逆転写と同時に宿主染色体への挿入が完成する。挿入L1の両端には宿主染色体に由来するtarget site short duplicationが生じる。しかしながらL1の逆転写酵素活性は完全ではないため、ほとんどのコピーは5'端を大きく欠失し、平均長は約0.8 kbにすぎない。完全長を維持するものも、ほとんどは転移後に突然変異を蓄積してレトロトランスポゾン活性を喪失している。
 L1はしばしば突然変異の原因となる。その機構としては、(1)体細胞での挿入突然変異(例:ヒトmyc, ヒトAPCなど)、(2)生殖系列での挿入突然変異(ヒトHaemophilia A, reelerマウスなど)、(3)染色体の転座(ヒトEhlers-Danlos症候群など)、(4)組み換え(ヒトfamilial aniridia, ヒトAlport症候群など)がある。稀に突然変異遺伝子からコピーが単離されることがある。これまでにヒトHaemophilia Aの原因となった第VIII因子遺伝子、あるいはreelerマウスの原因となったreelin遺伝子に転移挿入したL1がレトロトランスポゾン活性を維持していることが、in vitroの実験系により実証されている。
 ラットのLyst遺伝子内に存在する4個のL1(L1a, L1b, L1c, L1d)の塩基配列を解析した結果、L1bのみに2つのopen reading frame (ORFIとORFII)、5'UTRにプロモーターらしき配列、3' UTRにpoly A配列、さらにこれらの外側にtarget site direct repeatが認められた。ORFIとORFIIの塩基配列から予測されるアミノ酸配列はマウスのreeler遺伝子から単離された活性型L1 (L1spa)のORFIとORFII産物と高い相同性を示した。L1bはレトロトランスポゾン活性を維持している可能性があることを示唆する。

〔おわりに〕  免疫能の低下による易感染性はベージュマウス、ラットにも認められ、感染・寄生実験モデルとして利用されている。同時にNK活性の低下、細胞傷害性T細胞の障害により移植組織を拒絶する能力も低下していることがベージュマウス、ラットが研究医学研究分野で重用されて来た最大の要因である。最近は、他の免疫不全モデルと組み合わせることにより、さらに有用な動物が作出されている。免疫不全の動物モデルマウスとしてはforkhead box N1 (Foxn1)遺伝子の突然変異(Foxn1nu)に起因したT細胞依存性免疫能を欠くヌードマウス、Bruton agammaglobulinemia tyrosine kinase (Btk)遺伝子の突然変異(Btkxid)に起因したB細胞欠損を呈するxidマウス、protein kinase, DNA activated, catalytic polypeptide (Prkdc)遺伝子の突然変異(Prkdcscid)に起因した重症複合性免疫不全を呈するscidマウスがある。これらのマウス間の交配により変異型Lystbg, Foxn1nu, Btkxi遺伝子を持ち、NK活性、T細胞依存性免疫能、B細胞をともに欠くマウス、あるいは変異型Lystbg, Prkdcscid遺伝子をともに持つマウスが作製されている。これらのマウスは重度の複合免疫欠損を呈し、異種組織移植のレシピエントとしていっそう有用である。なお、ラットにもヌード突然変異があり、ベージュ突然変異とのダブルミュータントの作出が実験動物ブリーダーで進行中(平成14年2月時点)である。ラットはマウスよりも大型であることから、移植実験には有利であろう。
 CHSとベージュマウス、ラットでの原因遺伝子がリソソーム、メラノソームの出芽に関わる分子をコードしていることが明らかとなったことより、ベージュミュータントは今後これらの細胞内小胞の動態の解明などにも大きく貢献するものと考えられる。また、ベージュラットの肥満細胞巨大顆粒をマーカーとして利用できるため、ラット同系肺移植後のグラフト内肥満細胞のturnover に関する研究などにも応用されている。他にもその特性を生かした様々な利用が可能であろう。
 ラットのLyst遺伝子内のL1bはレトロトランスポゾン活性を維持している可能性が高い。活性型L1レトロトランスポゾンは、その特性を活かした医生物学研究への応用利用が可能である。具体的には(1)突然変異誘発(ミュータジェネシス)、(2)トランスジェニックマウス(ラット)作出時のトランスジーン導入効率改善、(3)遺伝子デリバリー用ベクターへの応用などである。今後、L1bのレトロトランスポゾン活性の検証を進めたい。

〔謝辞〕この研究は名古屋大学大学院医学研究科附属動物実験施設の西村正彦教授、京都大学大学院医学研究科附属動物実験施設の芹川忠夫教授、北田一博博士、山崎賢一氏、浜松医科大学医学部附属動物実験施設の西川哲博士、SS製薬株式会社中央研究所の濱田修一博士、並木千晶博士の御協力を受けた。

〔参考文献〕
1. Nishimura M., Inoue M., Nakano T., Nishikawa T., Miyamoto M., Kobayashi T., Kitamura, Y.: Beige rat: A new animal model of Chediak-Higashi syndrome. Blood 74: 270-273 (1989).

2. Mori M., Nishikawa T., Higuchi K., Nishimura M.: Deletion in the beige gene of the beige rat owing to recombination between LINE1s. Mamm. Genome 10 (7): 692-695 (1999).

3. Nishikawa T., Nishimura M.: Mapping of the beige (bg) gene on rat chromosome 17. Exp. Anim. 49 (1): 43-45 (2000).

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