第1号(平成6年4月)

1.年報創刊によせて 医学部長 八神喜昭

 名古屋市立大学医学部動物実験施設年報の創刊号が発行されること心よりお祝い申し上げます。
 この新動物施設の建設は、名市大医学部の長年の念願でありましたが、関係各位の御努力により平成4年末にようやく新築、開設の運びとなったものであります。それだけにこの新施設の開設運営には医学部関係者のなみなみならぬ期待がかけられて来ましたが、施設のスタッフの方々にはこれに充分にこたえて頂き、全く立派にこの1年を運営して頂いたことを感謝しております。
 言うまでもなく、医学研究の中にあって動物実験は重要な位置を占めており、日進月歩する医学研究を支えるための動物実験施設もそれに対応して、常に細心の配慮のもとに運営されるべきと考えております。
 幸い規模は小さくとも、この施設の内容は可成りハイレベルの水準がととのえられており、研究者の需要に応ずることが出来るものと考えていますし、スタッフもその様な要望にこたえるべく大変な努力を続けてこられています。
 しかしながら動物施設の真価が問われるのはこれからだと考えます。現在医学部研究棟の建築が着々と進んでいます。先に増改築が完成したRI研究部門、着々と充実が計られている分子医学研究所、そしてこの研究棟が完成し、それらが有機的に機能を発揮する様になればこの地区における医学研究のメッカとなるでしょう。その時にはこの施設が大変重要な位置をしめることになると考えられますので関係各位には是非大きな夢をもって将来あるべき姿を描き施設の充実がなされることを祈念いたします。


2.ごあいさつ 施設長 西野仁雄

 名古屋市立大学医学部動物実験施設年報の創刊にあたり一言ごあいさつ申しあげます。
 新動物実験施設が開所し、早や一年が過ぎました。施設が順調に運営され、その使命を果たしつつあることをうれしく思いますとともに、この間、関係各位皆様の深いご理解と多大のご協力をいただきましたことに、心からお礼申し上げます。
 さて、施設が運用され一年が過ぎましたところで、実験施設を利用し得られた研究業績をまとめ、年報として発刊することとなりました。一般に、年報は研究成果を整理し、一年間にどれだけのproductivityがあったかを知る上で有用です。しかし、本実験施設年報は、私どもの研究成果が実験動物の尊い命の犠牲の上に得られたものであるという自覚と、それに対する感謝の念を、一年を振り返って再び新たにする上で重要な意味を持ちます。一方、この年報が動物実験の有り方、施設の有り方・運用法等について、各人の意見を発表する場、すなわち実験動物に関わる人々の一つの交流の場となればとも願っております。
 社会の動物実験に対する見解には多様なものがあります。しかし、生命の作動原理とその障害である疾病の新しい治療方法を追求する医学は、動物実験なくして成り立ちませんし、今後もその重要性は不変であると信じます。
 毎年この年報にまとめられる研究成果の積み重ねが、本施設の活動の証しであり、歴史となることを思うとき、本施設の健全な運用と発展に向け、皆様方に今後一層のご協力をいただけますようお願い申し上げ、ごあいさつといたします。
1994年3月


3.特別寄稿 第1病理学講座教授 伊東信行

 完成した名市大医学部動物実験施設が新しい構成で運営されて早一年が過ぎた。この間、施設主任を務められている安居院助教授をはじめスタッフ一同のご努力が着々と実を結んでる様子をみていて誠に喜ばしく思っている一人である。
 永年にわたり動物実験施設長を務めさせて頂いていたが、名市大医学部の動物飼育環境は極めて遅れた状態であったが、残念ながらそれに気付かれていない方も多かった。しかしようやくにして出来上がった新しい動物実験施設を見たとき、そのすばらしさに感嘆した。それは私を含め日常、動物実験を行っていた医学部の多くの方々にとって共通の感慨であったはずである。
 一時、動物実験不要論が囁かれ、動物愛護の立場からも動物に代わる細胞レベルの研究が明日の医学研究の主流になると声高に論じられた。現在もその流れはあるが同時に動物による研究の重要性が再認識されるようになってきている。昨年12月、京都でラットを用いた発癌研究についてのミニシンポジウムが開かれた。主催者の一人である京大医学部の杉山武敏教授が、ある人から「そんなシンポジウムをやっても 50人も来ませんよ」と言われたと打ち明け話をされていた。しかし当日の会場には300人を越す人達がつめかけ、入りきれず通路に座って論議に加わる人がいるなど活況を呈していた。この時出席の多くの方から動物を用いた実験がいかに重要であるかが再認識されてきた為ではないかとの声が上がっていた。
 新しい動物実験施設での動物飼育が始まったのは1993年5月である。その時から1994年1月までのわずか9カ月で、すでに飼育日数延べ計算でラットが約24,000匹、マウスが約10,000匹、ハムスターが約9,000匹、ウサギが約10,000匹、モルモットが約 4,000匹、その他イヌ、ブタと合わせると延べ日数飼育頭数で約57,000匹の動物が飼育され、あらゆる医学研究の領域で活用されたと聞いている。
 それらの流れの中で特に重要なのがトランスジェニックマウスを中心とした新しい手法を駆使した仕事ではなかろうか。世界的にみてこの領域の成果には未だ満足出来るものは少ない。しかし名市大医学部の動物実験施設でもトランスジェニックマウスに関する研究が確実に進んでいて、新しい成果が期待されている。
 名市大医学部からも多くの先端的な研究が発表され、それが全国的に認められ、さらに世界の各国から注目される様になってほしい。乏しい人員と予算の中で努力されている現状が決して満足すべきものでないのは明らかである。しかし新しい成果がこの施設から続々と生まれることこそ次の発展につながるのは確実である。またその努力なしに大きな飛躍は期待できないだろう。関係の方々の今後のご努力を心よりお祈りしたい。


4.Trend「ヒト糖尿病に類似した病態を示す糖尿病モデルラット“OLETF”の開発」
 大塚製薬(株)徳島研究所 河野一弥


  糖尿病は世界的に激増しており、我国でもその患者数は500万人を越えており、40歳以上の人口についてみれば、その10%は糖尿病をもっているといわれる。糖尿病の治療法の開発には適切なモデル動物が必要である。これまでストレプトゾトシンやアロキサンなどを人為的に投与して作成された実験動物が多く用いられ、その発症原因の研究や薬剤の開発に利用されてきたが、ヒトの糖尿病の発症は遺伝要因と環境要因とが複雑に絡み合っていると考えられ、糖尿病の研究にはヒトの糖尿病に近い自然発症の動物モデルが望まれている。糖尿病自然発症動物としてはこれまで日本で開発されたNODマウス、及びBBラットなどが知られているが、これらはいわゆる自己免疫疾患により膵ラ島が破壊されて起こるI型糖尿病のモデルである。I型糖尿病はヒト糖尿病の中での割合は低く、インスリン非依存型糖尿病モデル動物の開発が望まれている。最近大塚製薬徳島研究所の河野博士らにより、インスリン非依存型糖尿病モデルラット(OLETF)が開発された。河野博士にOLETFラットについて紹介して戴くことにする。

開発の経緯
 1982年Charles River Canada Inc.よりLong-Evans系ラットを購入しクローズドコロニーで飼育繁殖していた中に、ヒトのNIDDM(Non Insulin Dependent Diabetes Mellitus)の病態に類似したラットを発見した。この形質を保持する目的で糖尿と経口ブドウ糖負荷試験(OGTT; Oral Glucose Tolerance Test)の成績を指標にして選抜交配を重ね、1991年OLETF(Otsuka Long-Evans Tokushima Fatty)を(1-3)、また同じクローズドコロニーのLong-Evans系ラットの中に多飲、多尿、糖尿を呈し急激な体重減少を伴って死亡するヒトIDDM(Insulin Dependent Diabetes Mellitus)の病態に類似した糖尿病ラットを発見し、そこから糖尿を指標に選抜交配を重ね、糖尿病好発系のLETLラット(Long-Evans Tokushima Lean)を1989年近交化した(4-5)。更に糖尿病を全く発症しないコントロールラットで、遺伝的にも近縁であるLETO(Long-Evans Tokushima Otsuka)ラットを得た。

臨床経過と膵ラ島の病理組織像
 OLETFラットは離乳直後より体重の増加が著明で15週齢を過ぎるころより肥満を呈し、生後24週齢になると血漿グルコース値と共に血漿インスリン値も高くなりOGTTによって糖尿病と診断された。その後血漿グルコース値は55週齢、65週齢と更に顕著になったが、血漿インスリン値は逆に低値を示した。このようにOLETFラットの糖尿病は高インスリン血症から低インスリン血症になることを特徴とした。この特徴と膵ラ島の病理組織学的変化とは非常に密接な関係があった。即ち、膵ラ島の肥大あるいは増生期は血中のインスリン値は高く、線維組織の増生などによって膵ラ島が埋没している疲弊・萎縮期は逆に血中のインスリン値は低くなっていた。更にOLETFラットでは糖尿病の進展とともに血漿トリグリセライド値とコレステロール値が上昇する高脂血症が合併した。

糖尿病の発症率
 OGTTによる雄の糖尿病発症率は87.8%(341/388)、耐糖能障害が7.2%(28/388)、正常型が4.8%(19/388)であった。一方雌では生後25週齢では発症せず、65週齢で糖尿病は33.5%(5/15)、耐糖能障害が20.0%(3/15)、正常型が46.7%(7/15)であった。

催糖尿病遺伝子の解析
 OLETFラットの糖尿病発症の遺伝解析をおこなう目的でLETOラットおよびOLETFラットと血縁関係のないF344/Ducrjラットとの交雑試験をおこなった結果、催糖尿病遺伝子は雌雄ともに劣性で複数存在し、コントロールラットであるLETOもそのいくつかを共有していた。またOLETFラットの糖尿病発症とRT1との関連はなかった。

糖尿病性腎症
 OLETFラットの腎症は蛋白尿を指標とすると30週から発症するが、腎病変は23週齢ころよりすでにみられ、週齢が増すとヒトの糖尿病性腎症でみられるような滲出性病変と結節性病変が現れ、加齢とともに進行しやがて高度な蛋白尿と腎硬化所見が目立つようになった。

おわりに
 OLETFラットは肥満を伴うNIDDMモデルであり、現在社会的問題となっている糖尿病性腎症が出現したことから、糖尿病の成立機構の研究のみならず、糖尿病性合併症の予防や治療の研究に多いに貢献出来るモデル動物と期待される。また、入手は所定のOLETFラット使用申込書に必要事項を記載し、大塚製薬(株)徳島研究所に申し込めば可能である。

文献
1. Kawano K., Hirashima T., Mori S., Kurosumi M., Saitoh Y., and Natori T., Spontaneous long-term hyperglycemic rat with diabetic complications. Diabetes, 41:1422-1428, 1992

2. 河野一弥、平嶋司、森茂人、糖尿病が長期間持続し合併症を伴うOLETFラットのモデル動物としての有用性。アニテックス、5:186-190, 1993

3. 河野一弥、平嶋司、森茂人、肥満を伴うインスリン非依存性糖尿病ラット“OLETF”。病態生理、13:21-26, 1994

4. Kawano K., Hirashima T., Mori S., Kurosumi M., Saitoh Y., and Natori T., New inbred strain of Long-Evans Tokushima Lean rats with IDDM without lymphopenia. Diabetes, 40:1375-1381, 1991

5. 平嶋司、河野一弥、新たに発見されたインスリン依存型糖尿病ラット:LETL系統の特性。アニテックス、5:25-28, 1993


5. 利用状況

(1)各講座月別登録者数
(2)年間月別搬入動物数(SPF、コンベ)
(3)各講座月別搬入動物数
(4)各講座月別延日数飼育動物数


6.沿革

昭和25年4月 名古屋市立大学設置
昭和45年3月 医学部実験動物共同飼育施設本館完成[昭和45年5月開館]
昭和54年3月 医学部実験動物共同飼育施設分室完成[昭和54年7月開館]
昭和55年3月 医学部実験動物共同飼育施設別棟完成[昭和54年7月開館]
昭和55年4月 第一病理学講座 伊東信行教授が初代施設長に就任
平成元年4月 医学部動物実験施設に名称を変更
平成3年4月 小児科学講座 和田義郎教授が第二代施設長に就任
平成3年5月 新動物実験施設改築工事起工
平成4年11月 新動物実験施設完成
平成4年12月 安居院高志助教授が施設主任に就任
平成5年3月 新動物実験施設開所式
平成5年4月 第二生理学講座 西野仁雄教授が第三代施設長に就任
平成5年5月 新動物実験施設開所


7.構成

施設長 西野仁雄(第2生理学教授、併任)

施設主任(助教授) 安居院高志

業務士 森 正直、西尾政幸

大学院生 沈 吉燼

研究員 鄭 且均、権 志暎、杢野容子

飼育委託 株式会社ケー・エー・シー

ビル管理委託 日本空調システム


8.平成5年 行事

1月28日 常陸宮殿下 施設御見学

2月10日 平成4年度第4回 運営委員会

2月15日 平成4年度第4回 運営協議会

3月22日 新動物実験施設開所式
 招待講演 千葉大学医学部高次機能制御センター遺伝子情報分野
 教授 斉藤 隆 先生
 「実験動物を用いた遺伝子操作、ジーンターゲティング法-免疫応答解析への応用-」

4月27日 動物実験委員会

5月10日 新動物実験施設業務開始

5月12日 平成5年度第1回 運営委員会

5月19日 平成5年度第1回 運営協議会

5月22日 日本実験動物技術者協会・東海支部第18回支部総回 名古屋市立大学医学部動物実験施設で開催
 特別講演1 東京大学農学部 助教授 伊藤喜久治 先生
 「大学における実験動物福祉への対応、アメリカにおける動物実験支援運動について」
 特別講演2 名古屋市立大学医学部 助教授 安居院高志 先生
 「Wilson病及び免疫不全症モデルとしてのLECミュータントラット」

9月22日 実験動物感謝式

12月 8日 平成5年度第2回 運営委員会

12月15日 平成5年度第2回 運営協議会


9.研究成果

  名古屋市立大医学部動物実験施設を使用し得られた研究成果のうち、1994年中に公表された論文をまとめた。ここには原著のみを掲載し、総説、症例報告、学会抄録等は割愛した。


10.編集後記

 名古屋市立大学医学部新動物実験施設は、平成5年5月に業務を開始し1年が過ぎようとしている。1年の活動の記録として年報創刊号を発刊できたことは喜びに耐えません。一般に研究を始めてその成果が雑誌等に公表されるまでには1年、又はそれ以上の月日がかかることを考えると、今回ここに掲載された業績は旧動物実験施設を利用して得られたものであろうことが推測されます。今後新動物実験施設を利用して得られた業績の割合が年々増加していくことが予想されます。関係方々の御努力と多大な費用と労力をかけて新動物実験施設が完成したことを思うと、来年以降は更に業績を増やしていかなければならないと、管理者も利用者も肝に銘じていかなければならないと思います。本施設の年報は業績の公表を主眼にまとめ、不必要な部分は大幅に割愛してあります。従って他大学施設の年報に比べ厚さが薄い印象を与えています。しかしながら今後皆さんの努力により、研究業績を増やして戴き、この年報の厚みを増していきたいと思っています。

(安居院)